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死没した俳優の演技とその使用の類型

はじめに

映像の技術は日々進化している。

AIを使ったディープフェイク動画などはポルノ動画への悪用あたりから始まり、今や政治家も被害に遭うなど社会問題化している。音声も複数の発音をサンプリングしておけば、声帯を失った人の声を再現出来るレベルにまで技術が進歩しているようだ。

こうなってくると、俳優などに勝手な演技と台詞を与えて、映画を作るなんてことも簡単に出来てしまう時代になった。

法律にはあまり詳しくないが、通常、俳優の許可なくそのような動画を製作した場合、肖像権で訴えることが出来るだろうし、その動画によって何等かの被害を被れば、それを訴えることも可能だろう。

しかし、死没してしまった俳優に対してはどうだろうか。

2019年、映画界を中心にこのことを考える出来事が多数あったので、ここでその事例を比較してみたいと思う。

1.継承:「運び屋」の例

2019年6月19日(以降、公開日等は全て日本のもの)クリント・イーストウッド監督・主演の映画「運び屋」のBlu-rayが発売された。これには公開時には無かった日本語吹替版が収録されており、主演のイーストウッドの声は、多田野曜平が務めた。

多田野曜平は、山田康雄ファンならご存じであろうが、この10年くらい故・山田康雄に声質が似ているという評価で、過去のイーストウッド作品の追加収録などを担当している声優だ。これまでは追加収録がメインで、あくまで山田が演じたイーストウッドの補完という立場だったが、本作では完全新作をフルに吹き替えている。

もちろん声は山田イーストウッドをベースとしており、老齢となったイーストウッドにアテるならこういう感じだろうと想像される素晴らしい出来映えだった。この手法は吹替映画の世界ではポピュラーなもので、「刑事コロンボ」の小池朝雄→石田太郎など声質の近い声優が芝居を継承するという前例はいくつもある。

仮に「山田康雄はこんな表現はしない」という批判が出たとしても、この場合の芝居は継承した声優にあるため、継承した声優にリスペクトは求めたいが、故人を冒涜したことにはならないように思う。

2.配役:「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」の例

8月30日公開、クエンティン・タランティーノ監督の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」の場合。

本作は1969年にハリウッドで起きた史実を基にしており、当時の俳優が複数登場している。こちらは風貌を似せた俳優がその役を演じているが、ブルース・リーなどは実の娘が映画内での扱われ方に遺憾の意を表している。

歴史上の人物など物故者を俳優が演じることは、おそらく芝居と言うものが始まって以来その事例は数多あるだろうが、本作のように実際の故人を知っている遺族や関係者が存命している、比較的年代の新しいものを扱う時は注意が必要だろう。

しかしこの場合もあくまで演技は演じている俳優のものであり、脚本や演出上で死没した俳優へのリスペクトされていれば問題の無いものと思える。

3.モノマネ:「野獣処刑人 ザ・ブロンソン」の例

12月20日公開。故・チャールズ・ブロンソンの「そっくりさん」が、かつてブロンソンが演じた「デスウィッシュ・シリーズ」を彷彿とさせるストーリーが展開される映画。

現在の俳優が死没した俳優を演じると言う点で、上記の「ワンス・アポン・ア・タイム~」と同じであるが、演技も作品自体もモノマネから入っている点で、少し問題のありそうな作品。この「そっくりさん」は本作のために俳優デビューしており、演技は正直ぎこちない。ストーリーも「デスウィッシュ・シリーズ」を想起させる内容ではあるが、内容はほぼ無いに等しい。

本作の場合、どちらかと言えばカルト的な映画で、演技や作品の質が高くない(おそらく興行の規模も小さい)ことで見逃されているが、今後も「ブロンソンのカムバック」を宣伝文句に作品を作り続ければ、故人の演技を貶めることにつながりかねず、いずれは遺族らも黙っていないだろう。

4.アーカイブ(1):「スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」の例

12月20日公開。ディズニー傘下で製作されるようになった三部作の完結編。本作は元々オリジナル三部作のヒロイン、レイア・オーガナを中心にした作品になるはずだったが、演じていたキャリー・フィッシャーが撮影前に急逝し、アーカイブ出演となった経緯を持つ。

スター・ウォーズはVFXの先駆的な作品で、2016年公開の「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」で、既に亡くなっていたピーター・カッシングや、若きキャリー・フィッシャーを実写と見紛うCGで登場させていたが、本作については、キャリーが亡くなった直後に「CGでの出演は無い」と公式にアナウンスされた。後に実弟のトッド・フィッシャーらによって「フォースの覚醒」「最後のジェダイ」で未使用のフィッシャーのカットを使用する許可が出て、最終的にはアーカイブ出演を果たしている。

この辺の経緯についてはいまいち整理されていないが、初めは遺族の了解を得られていないことや、レイア姫を制作陣が勝手に創造することは出来ないというリスペクトが強かったようだが、物語の展開としてもレイア姫は必要不可欠であり、どのような形であれ出演させるという判断に落ち着いたのだと思う。

それでもCGでの新造は避け、未使用カットと新撮カットを合成する手法を取ったのだが、これで良かったのかは疑問が残る。キャリーが演じた時点とは異なるストーリーに、「そう見える」映像を合成して新しいストーリーを生み出すことは、死者の演技を蔑ろにすることにはならないのだろうか。この演出方法のために、レイア姫のシーンは極端に少なく、きれいに合成しているとは言え、台詞などにぎこちないものが残ってしまった。しかも、結果的に若きレイア姫のシーンを実の娘ビリー・ラードを使ってCGで合成して登場させている。それならば、CGで新造したレイア姫を違和感なく登場させた方が良かったのではないかとすら思える。

5.アーカイブ(2):「男はつらいよ お帰り 寅さん」の例

12月27日公開。映画「男はつらいよ」公開50周年記念の「男はつらいよシリーズ」第50作。現代パートの出演者の回想という形で過去作の映像と行き来する作品だが、一部、寅さんを過去の映像から切り抜いて現代パートに合成している。

前述のスター・ウォーズと異なり、この寅さんの切り抜きには新しい意味は追加されていない。甥の満男をそっと見守る寅さんの姿は、渥美清存命時の寅さんそのままで、演技の意味としても変更されているとは感じない。その点でスター・ウォーズより俳優に対してのリスペクトが感じられる。

6.その他の事例

2021年3月24日、名優・田中邦衛が亡くなった。この時、若い世代を中心に、田中邦衛の容姿をモデルにした、漫画「ONE PIECE」の「黄猿」に対して「黄猿をありがとう」というコメントがあった。

ゴルゴ13のモデルが高倉健であったように、昔からこの手の漫画への取り込みは枚挙に暇がないが、「ONE PIECE」の「黄猿」他「三大将」はいずれも実在の俳優に酷似している。モチーフ・オマージュいうレベルではなく、「そのまま」のキャラクター化という意味で、これまでの創作物以上に「俳優」の個性のウェイトが高い。

この「そのまま」使用する際に本人や事務所、遺族の許諾があったかは分からないが、正直「黄猿をありがとう」と言われても、田中邦衛本人は草葉の陰から首を捻っているのではあるまいか。

映画・ドラマ・漫画・アニメが文化として定着するほどに、その二次使用、引用が数を増している。その中で、かつての名優たちも新しい創作物の中で「復活」することは今後もあり得ることだろう。

現状は、存命時の映像を使用する際に、権利元や遺族に使用の許可を得ることで死没した俳優の権利を守ることが成り立っているようだが、「ONE PIECE」の例や、スターウォーズのように半永久的に作品が生み出せる作品群については、今後、俳優自身がキャラクター化していくときに問題になるかもしれない。各俳優のファンとしては、いつまでも在りし日の姿を拝めるのは嬉しくもあるが、技術的に死没した俳優の「復活」が容易になっているだけに、創造性を欠いた利用が氾濫しないことを切に願う。

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