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20年ぶりにスタバに行った話。

こんにちは。飲食店経営者兼ブロガーのおおいしです。

僕はコーヒーが大好きです。個人経営の喫茶店巡りもしますし、コメダ珈琲も大好きでモーニングをよく食べます。マクドナルドのコーヒーも好きです。コーヒーのついでにハンバーガー食べます。コーヒーがメインです。シングル曲のついでにカップリング曲を聴くんじゃなくカップリング曲が良すぎてメインになっちゃうみたいなもんです。言うなればミスチルの『1999、夏、沖縄』です。個人的に『NOT FOUND』超えてます。いや、なんの話やっ。

で、何が言いたいかというと
そんなコーヒー好きな僕なんですが、

スタバだけは苦手なんだよーーー!!

ということです。(味が苦手というわけではありません)
もはや苦手というか恐怖症です。スターバックス恐怖症。
オートバックスは怖くないのでスターの部分に問題があるんだと思います。でも星は好きです。星空とか眺めちゃうヤツです。ロマンチストです。だからスターも大丈夫。ということはスターとバックスがくっつくと怖くなっちゃうんだね。っていうかバックスって何?

はい。くだらない話は置いといて、
実は20年前、初めてのスタバで苦い経験をしてから僕はスタバ恐怖症になってしまったのです。苦いのはコーヒーだけで十分なのに。

そう、これはとあるオトコのスタバ恐怖症克服物語。はじまりはじまり。

1.2001年、秋、名古屋

僕が初めて名古屋に行ったとき、
なんとなく、物悲しく思えたのは、

それがまるで田舎者をあざ笑うかのように、
高層ビルに囲まれていたからです。


2001年の秋、高校3年生の僕は大学受験のために静岡の田舎町からバスやら電車やらを乗り継いで花の都名古屋へと降り立ちました。

大学の面接も無事終わり、とりあえず小腹もすいたしコーヒーも飲みたい。そうだ、せっかく都会に来たんだからスタバに行こう!と思い立ちました。駅から大学までの道の途中にあったし。

今でこそ国内1600店舗以上あるスタバですが、2001年当時は300とちょっとしかなく田舎者には憧れのお店でした。
しかし、まだ17歳。一人で飲食店に入ることすら緊張する僕が都会のスタバに入れるのか。そんな不安も頭をよぎりましたが、次の日学校で「名古屋でスタバ行ってきたぜー」ってイキリたい欲求が勝り勇気を出してスタバに行くことにしました。

都会のスタバはめちゃくちゃ混んでいました。そんでシステムがよくわからん!並んだは良いもののメニューもよくわからん!そもそもフードメニューあるの?って感じであたふたしながら”田舎者と思われたくない”っていう謎のプライドで店員さんに聞くこともできず。ましてや「普通のコーヒーありますか?」なんて絶対に聞けない。とりあえずメニュー表に書いてあった飲み物の名前を読み上げました。それが何かもよくわからず。

店員さんは「こちらでお召し上がりですか?」的なことを聞いてきたので、「はい」と答えて、ドリンクを受け取りました。

ドリンクを片手に店内を見渡す僕。

席がないじゃないか!

満席状態の店内に田舎者が座れるようなスペースはありません。そもそもシステムがよく分かってません。でも店内でって言っちゃたしなぁとか思いながら店内をウロウロウロウロしていました。席が空いてもパッと取られちゃう。あたふたして田舎者丸出しの僕はしょうがないのですみっこの方で立ちながらチビチビ飲んでいたんですが、「あいつ店内で立ちながら飲み物飲んでるぞ、クソ田舎もんがっ」っていう都会人の僕をあざ笑う視線(被害妄想だけど)が痛すぎてドリンクを飲み切ることもなくそそくさと店を後にしたのでした。

初のスタバの感想は「都会怖ぇー」「スタバ怖ぇー」でした。
帰りの電車に揺られ、車窓に映る顔はほんのちょっとくたびれていました。

いや、わかるよ。言いたいことは。
店員さんに聞けばいいじゃん。都会人に負けないくらいのスピードで空いた席に座ればいいじゃん。そもそも持ち帰りにすればよかったじゃん。

そりゃそうなんだけど、とにかくテンパっていたんです。あのときの僕は。
都会の空気に完全にノマれていたんです。

まあ次の日学校でちゃんとイキりましたが(笑)

とにかくこの経験のあと、あの惨めさがフラッシュバックしてきそうで実に20年間スタバに行きませんでした。20年て。どんだけやねん。

2.敵を知り戦地に向かう

あの苦い経験から20年が経ったある日、特に決めていたわけじゃなかったんですが、ふと「スタバ行ってみようかな」って頭に浮かびました。理由は全くわかりません。

よし、行くとなればスタバについて調べよう。
「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」とは孫子の一節だったか。

ふむふむ。
スターバックスという名前は、小説『白鯨』に登場するコーヒー好きの航
海士「スターバック」と、シアトルの南海部に位置するレーニア山の鉱石採掘場「スターボ」から名付けられたのか。「スターバック」でほぼ出来上がりじゃないか。「スターボ」のくだり必要か?

1996年の銀座のお店が日本一号店なのか。ザギンでシースーじゃなくてザギンでヒーコーですか。

あるデータによるとスタバのFL比率は58%だそう。こりゃ優秀だ。フードとドリンクのメニュー比率でドリンクに偏らせてるのが要因になっているそうだ。だから家賃の高い一等地にも出店できるんだとか。

…というようなことを調べ上げ、結論「スタバってすげーな」ってところに落ち着いたところでいざ出陣しました。(もちろんメニューとか頼み方とか念入りに調べました。)

ありがたいことに今はこんな田舎にもスタバがある。紛い物ではない本物のスタバが。

田舎のスタバ。さらに平日の14時頃とあって、店内は空いてる。これだけであの苦い思い出は繰り返されなくてすみそうだと安心する。

レジ前に立ち店員のキレイなお姉さんと対峙する。適度な緊張感はあったが注文は予習済み。車の中で何度も練習した言葉を発するだけだ。

店員さん「ご注文はお決まりですか?」
僕「スターバックスラテのアイスをトールで(キリッ」

店員さん「店内でお召し上がりですか?」
僕「はい(ニコッ」

スムーズだ。あまりにスムーズだ。店内も空いているし座るのに困ることもない。心に余裕が出過ぎてキレイなお姉さんに一人で作業するのにおすすめの席などを聞いてしまった。ちょっとめんどくさいヤツだったかもしれないが、完全勝利に気持ちが浮ついていたんだろう。でも20年越しのリベンジなんだ。許してくれお姉さん。コンセントの位置まで丁寧に教えてくれてありがとう。

そして僕は、スタバでカフェラテを飲みながらMacBookをカタカタやる「THE意識高い系」を見事にやってのけたのでした。もう明日から「ラテ」ではなく「ラッテ」と本場の発音をしてしまうかもしれません。

3.人は変われる

終わってしまえばなんてことないことでした。何をビビってたのか(笑)
むしろ、落ち着いた雰囲気で集中できて好きになりました。

かのアドラー心理学には「目的論」という考え方があります。『嫌われる勇気』でも有名ですね。

・いかなる経験もそれによって何かが決定されるわけではない。
・過去の経験にどのような意味を与えるか。
・人生とは自ら選択するものであり、自分がどう生きるかを選ぶのは自分

20年前スタバで経験した苦い出来事がスタバ恐怖症の原因だと思っていましたが、本当は「恥をかかない自分でいたい」とか「流行りに流されない自分を演じたい」とか「スタバに行かないことが逆にカッコイイ」とか思ってたんだと思います。

そしてその「カッコイイ自分を演じる」という目的を達成するために過去の出来事を利用して”スタバ嫌い”でいただけだったんですね。

こうやって分析すると恥ずかしいヤツですね(笑)

”過去の出来事が今の自分を決めている”と考える「原因論」から”過去にどんな出来事があろうと未来はこれからの行動で決まる”と考える「目的論」へ考え方をシフトしたとき、人は大きく変わることができます。

だからこそ、一歩踏み出す勇気を持って挑戦していくこと。
その行動があなたを成長させ、素敵な未来をつくっていくのです。

そして僕はきっと明日もスタバに行くことでしょう。ラテをラッテというのでしょう。知らんけど。



飲食業のためのブログも書いてます。↓
こちらはマジメに書いてます(笑)



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