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空間コンピューティングからみる都市空間の未来像ー150年越しのホワイトシティの到来ー

 私が専攻している都市計画や都市デザインは、広義に「空間」を計画し、デザインする学問分野である。そのため、空間と名につくものには、自然と嗅覚が働く。空間コンピューティングもその一つである。私が愛読しているWIREDでは、空間コンピューティングに対して以下の定義がされている。

「3D表現が中心となるコンピューティングの形態であり、AIやコンピュータビジョン、拡張現実などの技術を使用し、デジタル体験と物理世界の体験をシームレスに統合する新しい技術」

WIRED.jp「空間コンピューティングとは?その意味と可能性を解説」より引用

  そのため、空間を通して問題定義を行い、リサーチし、解決提案の一石を投じる都市計画や都市デザイン、また建築やまちづくりの人材は、これからの未来で、空間コンピューティグは避けられない事象の一つに違いない。
 そこで、私は、WIREDの最新号『WIRED Vol.53 「空間コンピューティングの”可能性(フレーム)”」』の発売記念トークイベントに参加してきた。イベントでは、WIREDの小谷さん、STYLY代表の渡邊さんのトークと、2024年2月に発売されたApple Vision Proの体験会が実施された。

▲WIREDの最新号『WIRED Vol.53 「空間コンピューティングの”可能性(フレーム)”」』

▲本日参加したイベント

 トークの内容としては、WIRED最新版の概要紹介から始まり、最新版に寄稿されているSTYLYの渡邊さんがどのように空間コンピューティング事業に取り組まれているか、また過去から現在に至るまでのデジタル技術の発展から見据える空間コンピューティングの未来像についてとても興味深いものであった。今回は、その話を元手に、私の中に生まれた新たな問いについて紹介したい。

空間コンピューティングによって町並みはホワイトボード化する?

 空間コンピューティングと聞いたときに、私が思い浮かべたのは、SFアニメ「サイコパス」のとあるシーンであった。主人公である常森茜が警視庁に登庁する際に、家の扉を閉じた瞬間、煌びやかな家具の装飾がなくなり質素な家具へ戻り、飾り付けられていた植栽や絵画は消えてしまう。これは、サイコパスで全作通じて使われる技術の1つ「ホログラム」である。ホログラムを質素な家具に投影し豪華に見せ、物理的には存在しない植栽や絵画を空間に立ち現せていたのだ。これは、今回のApple Vision Proで体験させていただいたものと非常に近いものであった。
 では、仮に空間コンピューティングの技術発展が進み、Apple Vison Proをはじめ、視覚拡張型デバイスを誰もが装着した世界(さらにサイコパスのようにデバイスを介さずとも物理空間とデジタルが完全にシームレスになった世界)では、町はどう変わっていくのか。
 私は、空間コンピューティングが映し出すARや拡張現実などを、「投影しやすい」建物やインテリア、町並みへ変貌していくのではないかと予想する。それは、無装飾で白く、なんの個性もないホワイトボードのようなものではないだろうか。
 特に、トークセッションやWIRED最新号本編にあるように、空間コンピューティングでは、それぞれが最新技術を用いて情報の「圧倒的個人化(Personalizing)」が起きると予測されている。例えば、同じ広告看板を見ていたとしても、ある人には周辺の居酒屋のマップが映し出され、ある人には近くの医療施設の情報が流れ、ある人には音楽の月間ストリーミングランキングが流れるようなものだ。
 そうなると、物理的な空間としては、どのようなものであっても適切に投影できる壁やオブジェクトが求められるのではないか。そして、これまで物理的に装飾されてきたものは、どんどんと空間コンピューティング内に内包されていき、まちは真っ白になっていくであろう。
 これは、良い意味で捉えれば、新たな技術を用いて、シンプルな新たな町並みの誕生と捉えられるかもしれない。しかし、物理空間の装飾がなくなり、まちが陳腐なものになっていき、町の個性の喪失と捉えられるかもしれない。
 一方、STYLYの渡邊さんは、トーク内で空間コンピューティングがまちに「馴染む」という言葉を使っていらっしゃった。そのため、現在の”装飾だらけの”まちの束の間に空間コンピューティングを溶け込ませ、技術を物理空間と適応させようとしている。
 このような空間コンピューティングに適応したまちに再編する動きと、現在もしくは地域文脈を踏まえた物理空間への技術の適応という二つの町並み論争がこれからの空間コンピューティングを中心に起こるのかもしれない(なんならもう起きているかもしれない)。

空間コンピューティングによる地域分断ーテックスラムが生まれるのでは?ー

 では、ホワイトボードのような町並みが形成されるとしたら、そこに住む人々の生活はどのように変化するのであろうか。現在、Apple Vision Proは、約50万円する。とても高価だ。また、他の機種との連動や使い方が少し難しい側面がある。そのため、このような技術を経済的な面から獲得できる人とそうでない人、技術を使いこなせる人とそうでない人が生まれるのではないだろうか。
 そして、高級層で新たな技術に使い慣れている人々が集中している地域では、町がどんどんと技術に合わせたホワイトボードと化していくであろう。一方、この社会潮流に取り残されてしまう人々は、ホワイトボード化してしまった町では、無色で装飾もないまちで楽しく暮らせるわけもなく、信号や道路表記までもがAR化してしまえば、身の安全に恐怖を感じてしまう。そうなれば、現在と同じような(未来でいうなら昔ながらの)町並みに住み続けるのではないだろうか。
 そして、空間コンピューティングで管理される地域がマジョリティとなった時に、それを享受できない地域やそのような人々が集まるエリアが、新技術に乗り遅れた”テックスラム”として新たな社会課題となるかもしれない。 

結びに代えてー本当のホワイトシティが生まれる可能性ー

 来年に差し迫った万国博覧会。その中でも、1893年にアメリカ・シカゴで開催されたシカゴ万博は、まちの数多の建造物が石膏を施されて作られたことから、「ホワイトシティ」と異名を持つ。そして、空間コンピューティングが発展することで、本当に白いお豆腐のようなホワイトビルと、ホワイトボードのような広告看板が並ぶようなホワイトシティもしくは、空間コンピューティングの技術を最大限に享受できるように整備された宿泊施設(ホワイトホテル)や遊園地(ホワイトパーク)などが生まれてくるかもしれない。
 これまでのデジタルデバイスを通して、私たちは何かを身に纏っていた。Walkmanであれば、音楽を身に纏う。iPhoneであれば、インターネットを身に纏う。そして、空間コンピューティングでは、空間を身に纏う。
 WalkmanやiPhoneは、人の行動や流行り廃れにより、間接的に町並みや都市、まちに変化がもたらされてきた。しかし、今回の動きは、空間自体が、技術が介在する対象になるため、よりダイナミクスな変化が起きる可能性が高い。その中で、現在ある町並みや建築物、インテリアをはじめとした物理空間がどのような未来を辿っていくのかをこれからも観察していきたい。

 このほかにも議論したいポイントは山ほどだが、それは別の機会にまた書くとしよう。

P.S. Apple Vision Proをつける際は、メガネを取らなければならず、目が悪すぎて全く見えず、操作がままならなかった。そのため、空間コンピューティングの進展は、メガネ愛好家の生活も大きく変えていくかもしれない。


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