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自己肯定感とは、別にキラキラしたもんじゃない(メモ)


注:私自身も発展途上です。これは提言などではなく、一つの考え方としてお読み頂けると幸いです。まとまりがありません


「自己肯定感」が近年、大変なブームになっています。
これが欲しくて欲しくてたまらないという人が多いようです。気持ちはとてもわかります。ありのままの自分で、誰にも気を使わず自由に生きられたらどんなに良いだろう……誰しもがそう思っています。 

 ただ、「自己肯定感を上げる方法」とかいう本を読んでる時点でハッとしたほうが良いと思うんです。
 だって、自己肯定感がある人はそんなものを読みませんよね。目にも入らないでしょう。

「うっさいわ、本くらい読ませろや」……ごもっともであります。

 ただ、自己肯定感の概念自体がわからない場合、本を読んでもきっと理解できません。「ありのままの自分」が何なのかわかってない人がいくら本を読んでも無駄だと思うのです。

「欠点」も生命維持にちゃんと役立ってる

 
 ありのままでいることとは、自分を勝手にジャッジしないことです。「自分を認める」などと良く言いますが、そこに優劣や善悪などの評価を加えてはならないんです。 仏教概念の「空」のように、ああ、ただそうなんだなと受け止めるという意味です。

 もちろん、自分自身にダメ出しをしても良いと思います。 
 ただ、それで終わるのではなく、自分自身のコンサルでいること。不可能であれば、現実世界に頼むこと(本物のコンサルや、カウンセラーなど)。 会議でも、ダメ出しばかりして代案を出さない奴いますよね。最もその場に必要ない人間です。
 そんな人間を何十年も自分の中に飼っていたら、どうなるでしょうか?

 本当に認めなければならないことは、別にあります。 
 
 それは自分が長所だけでなく、欠点によっても生かされてきた事実です。

 たとえば日本人によくある「自信のなさ」って結局、出る杭は打たれると思っているからこそ作り上げた人格じゃないですか。
 卑屈に振舞うからこそ、打たれることもなく安定的に生きてこられたわけですよね。アメリカ人のように自信満々だったら、とっくに周囲と軋轢を起こし、発達障害扱いをされ、社会から放り出されていたと思います。 

 ダメだと思っていた部分も生命維持に一役買っているわけです。

偽善者が人の悪口を嫌う理由


 また、自己肯定感が低いと他者のことが気になり、羨んだり恨み始めます。しかし、悪口ってそんなに蔑まれるべき行為でしょうか?

 人の悪口を言ったらいけないとされる本当の理由は、道徳的なものよりも、「行動できなくなるから」です。他者を肯定できないと、自分の行動にブレーキがかかるからなんです。

 とても儲かっている人がいるとします。「あの野郎、上手いことやりやがって」と思う人と、「あの人はすごいなあ。いくつか見習おう」と思う人なら、お金持ちになる可能性があるのは後者です。 
 否定している人を真似たくないという心理が働き、そのための行動をストップさせるからです。やがて、潜在意識は成功者を「悪」、成功しないことが「善」であると認識するため、その状態を維持することになります。

 確かに、悪口を言わない人は気持ちが良いです。尊敬に値します。が、言いたいのを我慢して無理に良い人を演じている人とは根本的に異なります。    もともと善意の思考「しか」ない人と、悪意を隠している人は別人種です。

 で、後者に限って「人の悪口を言う人は嫌い」などと言いがち。 
 そんな人たちは、心が清らかなわけではなく、自分の醜い部分を直視することができないから他人に投影しているだけです。 
 本当は自分が一番悪口を言いたくてウズウズしてるけど、対人イメージは守りたい。良いトコ取りしたいだけのずるい人たちです。 

 んで、おまけに「受動攻撃性」も持ち合わせているので、遠回しな嫌味を言ったり、親切さを装って人前で貶めてきたりします。 
 
 こういう偽善者が世の中にいかに多いことか。
 彼らにロックオンされた人は難儀します。一見、彼らのほうが正論を言っていますからね。ネットでも非常によく見かける光景です。  

 心理学者や精神医療関係者が彼らをいちいち論破しないのは、ケアラーとしての崇高な理念があるからでしょう。プロボクサーや格闘家が一般人と喧嘩しないのと同じですね。

 「何のために自己肯定感を持てなかったのか」を考えることが最も重要

 
 自己肯定感についてよくわかっていない人は、無理にポジティブを演じます。しかしいつかそれは自己破壊願望となって表出します。真の自己と理想自己の解離が激しすぎると、いったん全てを無にしようと心は動きます。ひどい場合は自殺にも繋がります。「あんなに明るかった人がなぜ……」というケースはごまんとあります。

 ネットに限って言えば、「嘘ポジティブ」の人ほど裏垢や複垢を作って他者を攻撃しているのも知っていますしね。そして彼・彼女らは隠蔽工作が甘い。

 その中の一人に因縁をつけられたことがあります。
 「あなたは悪だ」と言わんばかりの勢いで責めてくるのですが、他責が強過ぎる人というのは大抵、本人が最も問題を抱えています。
 
そして、私はその人が複垢で恥ずべきことをしている件を把握していましたので、指摘したら図星であったということがあります。 
 ツイッターでも良く見かけますよね。何かと批判ばかりするジャーナリストが、昔の恥ずかしいツイートを掘り起こされてる光景。  
 

 そんなもんなのです。

 話はそれましたが。 
 自己肯定感のなさとそれに付随する感情は生命維持機能の一つであり、他人に矛先を向けない限りは持っていて良いものです。
 自分がよりよく生きるためにポジティブに利用すれば結果オーライでしょう。そうすることで自分自身への信頼が目覚め、おのずと自己肯定できるようになります。

 最も重要で、必要なのは「何のために」その感情を持ったのかを探ること。 

 まずは自分自身に対し、良い子ぶるのをやめるとその端緒が見えてくるのではないかと思います。

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