【小説】ある人の感想

　死の話なので、読むときはあったかくしたほうがいいです。

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　すいません、ちょっとだけ、話聞いてもらってもいいですか。

　あの、見てわかると思うんですけど、今、お腹に刺してて、あの、包丁です、包丁。

　はい。包丁を刺しました。自分です。自分で。事故じゃないですよ。ちゃんと、準備しましたから。

　刺すって決めたときに、想像したんです。自分に刺すなら、どんな包丁がいいかなって。

　具体的には思いつかなかったんですけど、でもなんとなく、安いのはやだなぁ、って。そう思ったから、奮発したんです。

　そうです。これ、けっこう高いやつなんですよ。ダマスカス、だかなんだかの。百均のとは、ぜんぜん切れ味が違うそうです。

　お腹に刺したときも、なんとなく、キレって言うのかな。それがあって、思った以上に、深く刺さってくれて。高いお金払ってよかったなぁ、って。

　ごめんなさい、こんなこと聞かせて。意味がわかんないですよね。ごめんなさい。

　聞いてほしいんです、感想。初めてなんですよ、お腹に包丁刺したの。だから、感想を伝えたくて。

　あの、当たり前かもしれないんですけど、すごく痛いですね。正直、こんなに痛いとは思いませんでした。

　映画とかだと、特にアクション映画とか、ちょっと刺さったくらいじゃ、気にしないじゃないですか。だから、そんなもんなのかな、と。

　考えが甘かったみたいです。めちゃくちゃ痛い。お腹壊したときなんか、目じゃないですよ、これ。あの時もしんどかったのに、それより、何倍も。

　あんまりに痛いと、なんか、全部あいまいになりませんか。視界がぼやけたり、手つきがおぼつかなくなったり。今、それです。全然、ほかの感覚がなくて。

　実は、今自分が、ちゃんと喋ってるのかも自信なくて。自分では、喋ってるつもりなんですけど、口が動いてる感じがしないんですよね。

　でも、嫌ってわけじゃないんです。痛いおかげで、痛くないっていうか。すいません、言葉になってないですよね。

　なんていうのかな。あ、あれだ。虫さされだ。

　えーと、蚊っているじゃないですか。夏に出てきて、刺してくるやつ。刺されたところがすっごいかゆくなる、あいつです。

　かゆいと嫌じゃないですか。ぼくも嫌だったんですけど、人からかゆみを抑える方法を教えてもらって、それでどうにかしてました。

　刺されたところに、爪を立てるんです。跡が残るぐらい、強く。僕のときは、二回、バッテンができるように。

　こうすると、かゆいのが、爪に押されて痛いのに、上書きされるっていうか。なんか、痛い方に気がいって、かゆいのが気になりづらくなるんですよね。

　今、それとおんなじです。お腹に刺さった包丁のおかげで、他が気になんないんです。他の、痛いのが。

　そう、痛かった、みたいなんです。包丁刺して、やっとわかったんですけど、ぼく、ずっと痛かったみたいで。

　ケガしてたわけじゃなくて。そういう、からだの痛みじゃなくて。なんか、ずっと苦しかったみたいなんです。自分でも、それに気づいてなかったというか、わざと無視してた、というか。

　でも、刺してみて、めちゃくちゃ痛くて、そのことばっかり考えてたら、痛いのに、いつもより痛くなくて。

　だから、変な話、こんなに痛くてよかったなぁ、って、思うんです。痛いおかげで、他の痛いの、全然気にならなくて。

　やっぱり、お金出していいやつ買ったのが、よかったんですかね。へへ。うれしいなぁ。

　自分で考えたことがうまくいくこと、あんまり、なかったから、うれしいですね。

　あの、聞きたいんですけど。

　ぼく、なんで、こんなことしたんでしょうね。

　何がしたかったのかな。

　自分のことなのに、あんまりわかんないっていうか。思い出せない、かも。痛すぎて。

　なんか、あったんでしょうね。お腹に、包丁を刺さないと、高い包丁を刺さないと、やってらんないようなことが。

　じっさい、刺してみてよかったです。わかんないことや、知らないことを、わかったり、知ったりできたので。

　でもなぁ。

　やっぱり、なんでこんなことを、したんだろうとは、思いますね。

　なんでだっけかなぁ。思い出せないなぁ。

　あなたは、どう思いますか。

　あれ。聞こえて、ないのかな。

　もしかして、ぼくもう、喋れてないのかな。

　じゃあ、もう、終わりですね。

　どこから喋ってなかったんだろう。

　ちょっと、残念かも。

　でも、うれしいですね。聞こえてないのに、聞いててくれたんですね。

　きっと、優しい方なんだろうな。いや、初対面なんで、わかんないですけど。優しい人だったほうが、ぼくがうれしいっていうか。

　さいごに話した人が優しいなら、なんとなく、安心、しますね。ぼくは、さいごには優しい人と話したんだぞ、って。なんか心強いです。

　もう、ぼく、死んでるっぽいですね。そろそろ、黙りますか。

　あの、聞こえてないのに、聞いてくださって、ありがとうございました。お腹に包丁刺すときは、参考にしてくださいね。

　さよなら、ありがとうございました。

　あは。バイバイしようとしちゃった。死んでるのに。

　お手手、全然動きませんでした。おもしろ。