【小説】悩める剣士

 例によって某所のお題を受けて書いたものです。


「お命頂戴する」

 差し出された手があまりにも醜くごつごつとした紫肌のものだったので、そういえば私は何をと醒めたわけである。

 そこからは一瞬のことで、頭より身体が先に動いて腰の剣を抜き取り振るう。私の腰を起点として、ひとつまばたきをする間にざっと四閃は輝いて、遅れて命尽きる鮮血の雨が降る。

 相手がいくら私を警戒していたところで防ぎようのない神速(神からお墨付きをいただいた)の剣捌きを担うこれは数打ちのものであるが、それが衝撃を感ずる前に切り捨てているので綻ぶ様子がまったく見られない。鍛冶屋に商売上がったりと罵られたこの剣技は東方の土地に伝わる秘技であったらしい。

 実のところ、私は独自にこれを開発したつもりなので、向こうに既存の技と知ってかなり落ち込んだ。もうあるものをせっせと考え巡らせて作っていたというのは、存外気落ちのすることである。

 そのような苦い思い出を振り返る間に私の身体が剣を収めた。先ほどまで私の意識を混沌に押し込んでいた術者も、とどめの一手を担わんとしていた紫肌の鬼も、それら一部始終を見届けるべく集まった観衆も、皆が地に伏せている。よく見なくともわかるように、どの骸も腰から上を損なっている。それもそのはず、彼らすべてが私の背丈を優に超えているのだから、当然刀身が届くのもその辺りになる。

 そう、私は背が低い。これが私を悩ます喫緊の課題である。背が伸びぬのだ。「齢十の童がいったい何を」と言うかもしれんが、剣を振るわねば飯が食えぬ身には、身の丈がどれほど大切なことか。

 そもそもこんな曲芸を実際の殺し合いで用いる予定はなかったのだ。せいぜい見世物ぐらいにはなるだろうと振るうていたらあれよあれよと召し抱えられてこうして鬼殺しに励む日々である。

 予定外の過酷な労働を生き抜くには己が力はいくらあっても足りぬ。少しでも背が欲しいのだ。せめて首を刎ねることができるぐらいに大きくなりたい。このように腰ほどを刎ね飛ばすのだと、しぶとく生き残る輩がいて面倒である。息のある者を見つけるたび溜息が出る。このような作業から解放されるには、やはり上背が必要である。しかしどうにも伸びぬ。いったいどうしたものか。人の一生はかくも難しい。剣技ほどわかりやすければどれほど助かるか。溜息がまた一つ出て、骸の上に消えた。

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