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藤井郷子&吉田達也 - Toh-Kichi

2002年リリース、筆者はトランスレコーズに残された音源に触れて以来吉田達也のアプローチに注目しているのでどうしてもドラムを軸に聞いてしまうが、本作でも架空言語と思われる言葉を叫ぶスタイルは健在であり、かつ超絶なピアノとのシンクロ具合もルインズと同じテンションで展開されている。間断なく続く約50分の演奏野中で彼らは、ドラム、声、ピアノを中心に置きつつサウンドコラージュをはさみながら音の鳴るものを手当たり次第試していく。

ピアノの無調インプロビゼーションに合わせて架空言語で歌う静かなイントロが印象的なAme no Hiはとても美しい。次第に和声を伴いながら演奏はテンションを高めていく。聞いているとピアノの低音の連打に吸い込まれる。そのままOmjhonzへとつながるがこれが完全なインウロビゼーションではなくデュオの内部で取り決めた、あるいは作曲されたフレーズをはさみながら行われているところに圧倒的な力を感じる。

Hiru Gohanは対話のように始まるピアノとドラムの掛け合いからヴォイスパフォーマンスに移る瞬間がスリリングだ。エイトビートを基調にしつつアウトしていく緊張感がフリーに解放されながら続くKiretsuに引き継がれていく。

Boragh Boraghは崩れそうなブレイクビーツアプローチからはじまる。ピアノフレーズが入り、その後徐々にビートが解体されていくがミニマルなピアノフレーズがかろうじて解体を阻止するような仕掛けが面白い。そのままラストのTllop Mettceb入るがここではミニマルさとフリーが入り混じったハイテンションな演奏が続き、最後にフランス印象派的なピアノフレーズからマグマや高円寺百景のようなアプローチに展開して演奏を終える。アルバム通じて一つのインスタレーション作品のようだ。

(過去に書いた文章を再掲しました)

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