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良く生きて、良く死のう

現在、50~60代の人は、親世代を介護中、または看取った経験を持っている人が多い。一日でも長生きしてほしいと願う反面、寝たきりや認知症、胃瘻など、介護に疲れてしまう人もいる。

我が家も5年前、子供のいない叔母を看取った。85歳だった。室内での転倒骨折から介護突入、認知症発症。介護施設によって天と地の差があることも知った。最後はちょっとした検査で入院したはずが、何らかの院内感染により病院で亡くなった。体中に管を通されたスパゲティ状態で、苦しいのに苦しいと言えない。その状態で逝ってしまったのだ。

叔母のような死に方はしたくない。植物が枯れていくように、私は家で自然に逝きたい。

本来、寿命が終わろうとしている生き物は、死期を悟ったわけではなかろうが、自ら死んでいく。意識が衰え食べなくなるため、餓死による自然死ともなる。人間もそうやって死んでいた。ところが胃瘻という科学処置により、寝たきりのまま何年も生きさせられてしまう。

胃瘻とは腹壁を切開して胃内に管を通し、食物や水分や医薬品を流入させ投与するための処置である。

親世代たちの、死に至るまでの長い高齢期を目の前にした我々世代は、老いたら自分もああなるぞと、日々見せつけられている。

このような介護を受けたいか。殆どの人がノーであろう。

人は誰でも、必ず死ぬ。死は決して恐ろしいことではなく、生の結果としてやってくるだけのこと。

どのように老いていくのか。

介護を通した長い老後を覚悟するか、それとも健康に留意し、動ける人生に挑戦し続けるのか。今、決めなければ、我々世代においては、多分手遅れとなる。

統計を取ったわけではなく、単に私の周囲を眺めてのことだが、依存していない、あるいは依存出来ない環境の人ほど元気である。

那覇市のマンション住まいの高齢者より、ヤンバルで一人暮らししている年寄りの方がずっと元気なのは確かだ。90超えても畑仕事に精を出している。

以前、イギリスBBCの記者を案内して喜如嘉の村人取材をサポートしたことがある。ヨーロッパから見た長生きの秘訣、みたいなテーマだった。

村の年寄りたちは、朝早く起きて畑を手入れし、午後から昼寝。午後3時には広場に集まり、みなでゲートボール。オジイもオバアもにぎやかこの上ない。ユンタクと笑いが満ちていた。

しかし彼らのほとんどが一人暮らし。子供たちはみんな那覇などの都会に出ていった。畑は、都会に住む子供たち家族のために作って送るのだという。

時速20キロで軽トラを走らせ、道の駅に大根を売りに行くオジイは92歳だった。生活にお金はかからない。自給自足に近い質素な生活だ。これならば、国民年金だけでもまかなえるのではないか。

那覇では、介護サービスの車が一日中走り回っている。車イス、紙おむつ、そして胃瘻。やんばるの年寄りたちと同じ年代なのに、なぜ、こんなにも違うのだ。

もちろん那覇にも元気な年寄りがいる。ある琉球衣装の店は、90代の女将と70代の娘、50代の孫娘の三代で切り盛りしている。女将の食は旺盛だ。

そう。歳をとったからと言って、みんながヨレヨレになるわけではない。

介護されまくりの先輩たちを見せつけられている我々世代のなかには、老いを恐怖化し、不安を煽り立てるCМに乗せられ、アンチエイジングやら腰痛膝痛、元気が出るなどと宣伝するサプリやらを買いまくる人も多い。

そんなものにお金を使うより、どのように生きていくか、どのように死んでいくか、覚悟を決めればよいだけのこと。

体を労り、同時に鍛え、食に気を使い、今日という奇跡の一日を楽しもう。仕事するのもいいし、趣味を楽しむのも良し。あるいは公園の掃除、ビーチのごみ拾いだって、きっと新しい何かのきっかけになる。

さあ。良く生きて、よく死のう。