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貴船神社と京都御所の秘密の関係~京都は神武天皇の母君に見守られている~

奇跡の水で有名な京都の貴船神社。

京都の地図を見ていたら、貴船神社京都御所にすごい関係があることに気付いちゃいました。

貴船神社は御所の真北にある

「貴船神社は、京都のどの辺りにあるのかなぁ…?」と地図を眺めていたら、なんと、貴船神社は京都御所の真北にあるではないですか!

貴船神社と京都御所

経度を見ても数分の違いでしたから、誤差の範囲内といっていいでしょう。
だから、単なる偶然ではなくて何か理由というか必然性があると思うのです。

貴船神社の起源の伝説に答えが…

貴船神社には、「玉依姫命(たまよりひめのみこと)が船に乗ってやって来た地に祠が建てられた」という言い伝えがあるのです。

玉依姫(たまよりひめ)が黄色い船に乗って、大阪湾から淀川、鴨川、貴船川を遡って水源を見つけた。そこに水神を祀る祠を建てたのが、現在の奥宮の位置。

貴船は、黄船が語源であるとも伝えられています。現在も奥宮本殿のそばにこの黄船は祀られているのです。

では、玉依姫命が御所とどのような関係があるのか?

実は、玉依姫は初代天皇神武天皇の母君なのです。

奈良から京都に都を移す際、最初に御所の位置を決めたはず。何しろ天皇が住まわれる場所ですから、最も安全な場所でなければならない。

だから、風水・陰陽五行など当時の最高の知識と技術をもって、その位置は計算されたはず。山・川・湖などありとあらゆる地形や、その方角などを緻密に計算して割り出されたと思うのです。

京都は「風水都市」と呼ばれるほどですし…

僕は風水に関することは詳しくないのでスキップしますが、とても面白い説が沢山ありますよ。興味のある方は「風水都市 京都」で検索してみてくださいね。


御所は玉依姫の祈りによって守られている

さて、全ての方角を風水によって鑑定した上でさらに、初代天皇の母君が建てた神社がある、そして、そこには母君が乗っていた船まである。

「それならば、その神社に見守られる場所がいい!」と、いうことになったのだというのが、僕の妄想。

玉依姫は、貴船に祠を建てたとき、土地を潤すとともに、国民(くにたみ)の幸運も祈っていました。「天皇の母として、国の安定と国民の幸せのためにこの地でみんなを見守っていきたい」という想いを持っていたのですね。

神武天皇の母君の祈りと願いが込められている神社が真北の山の上にある。
それ以上、心強いことってないと思うんです。

それが、御所が貴船神社の真南にある理由。「当たらずとも遠からず」なんじゃないかなぁ…

それから、もう一つ。

平安京の都市計画と建設に携わったのは、和気清麻呂。一介の僧侶でありながら天皇の座に就こうとした道鏡の野望をくじいて皇統を護った功績者です。

天皇家への想いが人一倍強い清麻呂なら、玉依姫の想いにきっと気づいていたはず。だと、僕は思うのです。

もちろん、全くの偶然かもしれません。でも、もしも偶然だとしたならば、もっと見えない大きな力が働いているのだと思います。

「偶然は必然」というじゃないですか。ちなみに僕は「偶然は最善」だとおもっています。

歴史は、妄想をはたらかせるともっともっと楽しめる。

以上、今回の神社妄想ストーリーでした!


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