見出し画像

バスケットボールとエコロジカル・アプローチ

はじめまして。大学女子でバスケのコーチをしています。

自分自身の考えを整理することを兼ねてnoteをはじめてみました。
名前にもある通り、練習をどのようにデザインするかということにとても興味があり、それらについて書いていければと思います。


最近この本を読みました。

サッカーコーチの方が書いた書籍ですが、「エコロジカル・アプローチ」という理論と、それを基にしたコーチングである「制約主導アプローチ」について書かれた本です。


エコロジカル・アプローチとは?

エコロジカル・アプローチは運動学習に関する理論で、それをコーチングに応用することを制約主導アプローチと呼びます。

エコロジカル・アプローチでは人間を機械的・線形的な存在ではなく、非線形で適応的複雑系と考えます。これだけだと何を言ってるのかわからないですね。

詳しくは本を読んでいただくとして、少し説明してみます。

伝統的コーチング

一般的なコーチング、比較のために「伝統的コーチング」と呼びます、ではコーチによる言語的・規定的な指導が行われます。
なぜなら「正しい動作」や「正しいプレー」が存在し、各要素を分解しそれらを正確に実行することで運動学習が得られると考えるからです。これらは線形で機械的な人間観から来ています。

制約主導アプローチ

エコロジカル・アプローチをもとにした制約主導アプローチでは、人間を、運動学習を非線形で適応的複雑系とらえます。そのため指導方法も伝統的アプローチとは異なり、目的とする運動を引き出すための「制約」操作することで、選手に適応を促し、運動学習を引き出します。

このような人間観に基づくアプローチはその効果の高さが示されており、特にサッカーのエリートクラブを中心に広がりを見せているようです。

個人的に、「どんな練習をすればうまく運動が学習できるのか」ということをずっと考えてきたので、この「エコロジカル・アプローチ」という用語を知れただけでも、この本が出版されてよかったなと感じています。


伝統的コーチング vs 制約主導アプローチ

伝統的コーチングと、エコロジカル・アプローチに基づく制約主導アプローチを比較してみます。

運動の知覚と制御、それに伴う練習方法

伝統的アプローチでは、認知→判断→実行と各ステップに分かれている、だから、それぞれを「分解」して練習すればよい、と考えます。

対して制約主導アプローチでは、知覚と運動は分かちがたく結びついている(知覚-運動カップリング)、から、分解した練習は効果性が低い。代わりに複雑性をコントロールして「単純化」して練習すればよい、と考えます。

シューティング(シュートを決める練習)とフォーメーションの確認を「分解」してそれぞれ練習したのにゲームではうまくいかない。あるいは、パスを「分解」して練習したのに、ゲームではパスミスが減らない。

これらはある意味バスケあるあるじゃないでしょうか。

エコロジカル・アプローチではこれらの原因を「タスク分解によって複雑性が失われているため、転移(ここでは "学習したスキルが本番で発揮されること" を指します)が起きなかった」と説明します。

必要なのはパスだけ取り出す「タスクの分解」ではなく、パスに関する複雑性を「単純化」したゲーム、例えば4on2や場合によっては5on2の鳥かご(ロンド)など、を行うことです。(状況によって適切なメニューは異なるはずです。)

全体の統合

伝統的アプローチでは、コーチが事前に準備、計画し、本番ではそれを正確に実行することで運動の目的(ショットを決める、試合に勝つ)が効果的に達成できる、と考えます。

対して制約主導アプローチでは、内部で共有されたルールに基づいて、その場その場で機能するプレーを探索し、適応的に実行することで運動の目的が効果的に達成できる、と考えます。

理想的なスキル

伝統的アプローチでは、理想的で正しい動作パターン(ターゲットムーブメント)が存在する(かつ、コーチがそれを知っている)、と考えます。

対して制約主導アプローチでは、ターゲットムーブメントは存在せず、文脈によって変化する。また同じ結果を達成する運動パターンは複数存在し得る、と考えます。

バスケットのフリースローのようなクローズドスキルにおいても変動性:バリアビリティが存在し、一流の選手はこの変動性をうまく用いて毎回の動作で調整を行っているそうです。


コーチングはどうなるか?

制約主導アプローチを実践するコーチはどのような姿になるのでしょうか。

本文でも述べられていますが「答えを教える指導者:Solution Setter」から「制約のでデザイナー:Problem Setter」へコーチ自身が変わっていく必要があります。

「こうしなさい」「ああしなさい」、「そこはシュートだ」「そこはパスだ」(ゲーム中全部のプレーにこう言ってるコーチも偶にいますよね。)といった言語で正解を規定するのではなく、足りない要素を適応的に引き出すための制約を練習の中に仕込み、選手たちの自己組織化を促すことです。

これだけだとまだよくわからないので、具体例を挙げて考えてみます。

伝統的コーチングの具体例

バスケットボールにおける、規定的なドリルの代表例は「3メン」ではないでしょうか。事前に動作が規定され、それを間違いなく実行することが求められます。

もちろん、コンディショニングという観点や、そもそもどこを走っていいのかわからないレベルの選手に対しては有用な面もありますすし、制約主導アプローチの観点で工夫することもできると思います。

制約主導アプローチの具体例

一方で制約主導アプローチ的な有名なドリルもあり、その代表例は「パッシングダウン」ではないでしょうか。一般的にドリブルを禁止してパスだけで行う2on2 ~ 5on5を指すかと思います。

この「ドリブル禁止」という制約によって、プレイヤーはどのような行動を促されるでしょうか。

レシーバーはオープンになるためのカッティングや相手をシールする技術、パッサーはDefを躱しててパスを出す技術、(人数が少ない場合は止まっていると次のパスが出ないので)パスのあとに素早くカッティングに移行すること、これらがドリブル禁止というルールによって求められます。

つまり、シールの技術がチームの課題だっとして、「相手をこうして抑えてパスを貰いなさい」とシールについての言語的な指導を行うのではなく、パッシングダウンという制約の中で選手たちにプレーを探索させるのです。

もちろん「シール」という概念を知らないようであればそれについて別途練習する必要がありますが、その場合も前述したように「分解」するのではなく、複雑性をコントロールして「単純化」した中で身につけることが効果的です。

制約をデザインすること

コーチはこのように「〇〇(ここにはチームの課題を指す言葉が入る)の実行を促すゲームはどのようなルール設定だろうか」、「〇〇(ここにはチームの課題を指す言葉が入る)に求められる場面を単純化するとどのようなゲームになるだろうか」ということを考え、デザインしていくことが必要です。

これがこの本で述べられている「制約のデザイナー」が指すところだと思います。

こういった本がバスケでも出てきてほしい

個人的な感想ですが、このような運動学習理論のコーチングへの応用は特にサッカーで進んでいるなと感じていて、この本がサッカーの分野からでてきたこともその一端を示していると思います。

バスケットボールにおいても、エコロジカル・アプローチのような実践が広まるといいなと思いつつこの記事を書きました。個人的にはこの本のバスケットボールバージョンを書けるくらいになりたい。

示唆に富んだとても素晴らしい本です。未読の方はぜひ!


私自身がチームで実践しているルール設定や工夫についても、今後このnoteで紹介していければと思っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?