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自己中でいいじゃない。みんな自分というポジショントークなんだから

最近こんなブログを書きまして、

これからの時代、だれでも机上でググってまとめられる「情報」には価値がなく、その人にしか語れない「物語」が求められるって話なんですが、そこで主語を「私」ではなく「あなた」にするべきだって書いたんですよね。つまり相手目線という意味で。

でもそれもなんか違うかもなーと思いまして。というのも、時間をかけて自分の知見をまとめたブログより、なんとなく一筆書きでざーっと綴った日記のようなブログの方が見られて、いいねされたりしたんですよね。

それはそれは単純にうれしかったんですが、あぁそういうのを読んでくれる、おもしろがってくれる人もいるんだなって、ちょっと肩の力が抜けたのと、心の支えになりました。

つまり主語が大事だったのではなくて、「どれだけ相手のことを考えられるか」ということが重要だったのです。

自分にとって自分の生きてきた人生がすべてなわけだから、自己中心的になるのは当然だし、よく「ポジショントーク」って揶揄して言われるけど、人それぞれ信じるものや趣味嗜好があって価値観が違うわけなので、すべて「ポジショントーク」なはずです。

もちろん読み手にとってためになる内容であることに越したことはないですが、たとえ私事だとしても、その日常や経験が相手に伝わってちょっとでも心に響くってことが大切なんですよね。

たとえわずかでも、人生のもっとも貴重な時間をいただくわけですから。

自分の発する言動やつくったコンテンツが、だれかの生活に彩りを与え、人生の一部になれたら、これ以上幸せなことはありません。

※ふと気づいたときのツイート


決してハードルは上げず、プレッシャーに感じず、粛々と自分にも周りにもプラスになるストック型のコンテンツを生産していきます。

与え合いの恩贈りで巡る世の中になったらいいな。 だれでも好きなこと、ちょっと得意な自分にできることで、だれかのためになれて、それが仕事にもできたら、そんな素敵なことはないですね。 ぼくの活動が少しでも、あなたの人生のエネルギーになれましたらうれしいです。