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蜘蛛と杜子春

 杜子春は夕暮れの十字路に立ち尽くしてしまいました。
 彼の頭のなかでは、先ほど、すがめの老人が口にした言葉がくり返されています。しかも、老人が口にしたうち、「いま、この夕日のなかに立って、お前の影が地に映ったら、」という部分だけが、延々と。だから、彼は自分の影をじっと見つめて、動かずにいるのでした。
 あなたがたは、この事態の原因を、杜子春の首の管理用のバーコードによって知ることができます。この個体の管理番号は4809-3254-7602-4061-8583。杜子春には、けしてつけられるはずのない「0」が三つも入っているうえに、最後は四桁ある。バグが生じたようです。記憶構造に致命的な変異をきたしている。コマンドプロトコル自体にも変異があるかもしれません。
 この場合、あなたがたにできるのは、この個体をすみやかに廃棄して、新しい個体を生み出すか、あるいは、この個体に移乗し、直接操作するか、です。
 前者はお勧めしません。あなたがたにはまだ、杜子春の製造過程をコントロールする権利はアンロックされていません。川からあふれた桃が鬼ヶ島までも埋め尽くし、おじいさんが芝刈りから帰れなくなり、物語自体を破棄したケースと同様、異常な個体が製造される可能性を排除できないのです。
 しかし、後者もまた危険があります。移乗は、アカウントの一部、具体的にはあなたがたの人格の形成を含む演算処理の一部を、基底現実の個体、この場合は杜子春を操作するのに充てることになるのです。この移乗は、杜子春の精神構造がある階梯に到達し、彼の因果が閉じられるなければ解除されません。そして、バグを生じた個体では、この階梯に到達できない可能性があります。
 もちろん、このままでは、以後一度も因果が閉じられず、アカウントの維持のエネルギー供給源がまた一つ、絶たれることになります。
 どうしますか?

 糸はつながりました。杜子春の足は四本とも動くでしょうか。

【続く】

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