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亜人戦線

 元は漁師小屋だったという湖畔の一軒家が、中年の曹長の宿舎だった。その晩、ポットいっぱいのコーヒーを続けざまに飲み干しながら、彼はじっと考え込んでいた。この湖畔の村に配属された、人類軍北方第三師団の兵士が、軍紀違反によって前線送りになるのはこれで三度目である。彼自身も、いよいよ後がなかった。
 しかし、違反の理由は前二回と同じく喧嘩で、しかも今回は現場に居合わせたのだった。場所は村の酒場で、酔った部下たちは、酒瓶からテーブルからあらゆるものをめちゃくちゃにしながら、互いの信仰を〈光〉になぞらえて、罵り合い、殴り合ったのだった。
 そんな彼らを、暗く湿った戸外に投げ飛ばしたことを、冷めたコーヒーをすすりながら思い返していた時、曹長の頭に、ある考えがひらめいた。
 翌朝、それを上司である若い少尉に報告すると、彼は一度は鼻で笑ったものの、一応司令部に具申してみると言った。そして、次の日、司令部の許可を得たといい、前線へ向かう部下二十三名とともに、村から港に向かった。港は、村から東に百キロのところにあり、はるか南方、赤道周辺で、南極から攻めてくる〈光〉と戦う人類軍の最前線に物資を送る、補給の拠点であった。ここに向けて、西の牧草地帯から食糧の原料を送るためのリニア鉄道を守るのが、村に駐留する部隊の任務であった。
 四日後、朝食の弁当箱を届けに来た酒場の娘が、広場に補充兵が到着していることを知らせた。曹長は、きっちり洗い清めた弁当箱を手に、宿舎を出た。村人が〈鏡の湖〉と呼ぶ湖を左に、深い森と高い峰を右手に見ながら、ぬかるんだ道をたどって広場へむかった。
 補充兵のうち、曹長を最初に認めたのは、緑の肌のゴブリンだった。彼が一声発すると、思い思いにたたずんでいた二十人の亜人たちが、軍隊式に整列したのである。
 なるほど、これは確かに「信仰心を持たない兵士」だった。

 問題は、〈光〉をどう受け止めるかということにあった。

【続く】 

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