第十二章 北新地 金と女としばしば社畜
大学と北新地を往復する生活を始めて約半年。
たばこはエコーからハイライトに変わったと言うのに私の心は半年前よりもっと荒んでいました。
"プロ"との初出勤、Jさんのバースデー、グラスと心が割れたあの日、そして若者の憤死。
それ以外にもクソ女に投げられたタバコの空き箱、頭からかけられたシャンパン、罵詈雑言とクレーム。
その一つ一つが、私の心を確実に痛めつけました。
二十余年前、大阪に爆誕した私。
はたらくクルマが大好きな活発な赤ちゃんだったそうです。
それが月に一度の風俗が何よりの生きがいという人の道を大きく逸れた生活を送ることになるとは誰も思いませんでした。
今日も阪急梅田駅で下車。
大量のカフェインを体内にぶち込み、北新地へ向かいます。
今日は某有名社長Aさんが来店されるとのこと。
湯水の如く金を使うNo. 1の金持ち。
どんな会計も魔法の漆黒カードで一網打尽。
金を愛し、愛された男。
だんじり男Hさんから
「本気や。がんばれ。死ぬなよ。それだけや」
と指令を受けていたので、本当にしっかり働こうと決意し、出勤しました。
(※メンタルが壊滅的に弱いので、この日出勤するのが怖すぎて、阪急梅田駅構内のトイレで嘔吐しました)
北新地を抜け、堂島川のほとりに座りました。
日本史上最も高貴な煙草"ハイライト"に火をつけます。
ラムの香り、肺を埋め尽くす重厚感を胸いっぱいに感じ、ため息とともに煙を吐き出しました。
すぐ近くを走る阪神高速から聞こえるエンジン音。
平成初期の若者達は環状線に命を賭けて走り、散っていった。(※教育的マンガ"ナニワトモアレ"より)
今の私も時速160キロでコーナーを曲がりきれず殉死したいと思いながら、フィルターまで丁寧に吸ったハイライトを空缶に捨てました。
やけに重い扉を開け、やけに硬いタイムカードを切り勤務スタート。
戦士達は揃って、会議をしていました。
しかし、その場に特攻隊長Kさんはいませんでした。
その横にポツンと座る女性。
髪はロング、派手すぎないが高級感はしっかりと伝わるドレス。
目鼻がしっかり整った顔立ち。整形ではなく、素材がいい、まるでダイヤモンドや真珠、素人が見ても高価なものだと思えました。
この女性の名はR。
北新地のクラブ史上最年少でママになったという伝説。
元カレは元大相撲の有名人。
彼女は私と目が合うとニコっと微笑みました。
女神と現世で邂逅した瞬間です。
私の心は怒りの炎で溜まった煤(すす)だらけでしたが、不思議にもしっかり煤は取り払われ、浄化された清潔で健やかな青年の心になりました。
(※実際は残った煤が清潔な心を真っ黒に染め上げていました)
彼女の笑みに後ろ髪を引かれつつ、私は持ち場の洗い場で前日のタバコの灰皿を嫌々ながら掃除し始めました。
(※実際は灰皿を掃除することだけが一般的な大学生と同じ業務なので、唯一の心の癒しとしてピカピカに灰皿を磨いています)
会議が終わり、Jさんがこちらに来ました。
「Kさんいませんよね?」
私は疑問を投げました。
しばしの沈黙の後、Jさんはゆっくりと口を開きました。
いつも通りに泥酔して帰宅したKさん。
会社の捕虜なので寮住まいです。
鍵を忘れた時、Kさんはオートロックのマンションに入るため、しばしば4階の窓から侵入していました。
そのため近所のおばはんから
「あんたええかげんにしーや!」
と叱責されることが多かったそうです。
「じゃかましわ。ババア!寝とけ!あほ!」
義務教育を満了していないKさんはいつもおばはんと言い合いをしていたと言います。
その日もKさんは鍵を忘れて、4階からの侵入を試みました。
その日は小雨が降っていて、窓枠が濡れていました。
「あんた雨やから降りなさい!」
おばはんからいつもの如く叱責されます。
「引っ込んどけババア!」
とKさんが言った瞬間、足元からズルっ!!!!
後はみなさんの想像通り、4階から転落。
瀕死のKさんを救ったのは叱責クソババアでした。すぐに救急車で搬送され、入院。
大腿骨折と顎骨折という重傷ながら、一命は取り留めたとのこと。
「よかったですね、ほんまに」
Jさんの話を聞き安堵した、私はせっせと大戦争に向けて準備を進めていました。
そこにやってきたのはHさん。
手招きで私を1番奥のボックスに呼び出しました。
「話は聞いたと思う。Kのことや」Hさんが語り始めました。
「うちもでかい戦力失ってよ。人足らんねん」
最悪の展開を予想した私はごくりと息を飲みました。
「お前アルバイトやけどよ、もう主戦力やから。飲めよ」
「はい。」私は従順な兵隊なので即答しました。
(※実際は、激しい吐き気と頭痛で半泣きになっていたので、無言で首を縦に振るだけの臆病者)
部活動に汗を流し、しっかりと勉学に励み、休みの日は仲間と飲み交わし、たまに女の子を含めて合コン。
私の思い描いていたキャンパス生活は、Kさんの墜落事件という原子爆弾によって粉々に破壊されました。
夢と希望を失った20歳はただ黙々と目の前の灰皿を磨き続けるしかありませんでした。
続、、、
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