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第八章 割れたのはグラスではなく心なんだよなぁ

むかし むかし あるところに あいをもとめる ホステスが いました

ホステスは きたしんちで のみやの おとこのこに  であいました

なくしていた パズルの さいごの1ピースが はまったかのように あいは うごきだしました

でも おとこのこへの あいは けしてかなうことが ありません

かのじょの あいは いきさきのない かみひこうきのように てをはなれてから かえってきませんでしたとさ

めでたし めでたし
(※「日本ホステス昔話 北新地の愛は沼に沈む」より抜粋)

その日はIさんはお客さんとのアフターでご来店されました。
スキンヘッドに細いメガネ。
静かな佇まいの後ろには、赤い炎をメラメラと燃やす鬼がいるような男の人です。

もちろん席にはNさんがつきます。
特攻隊Kさん、だんじり男Hさんも同席。

麦焼酎のボトルを注文されました。
私は着実に仕事をこなす、AIもビックリのハイパー人間なので、人数分のグラスとアイスペールを運びます。
(※実際はダラダラと仕事をこなし、大学生活を生贄にジャラジャラと小銭を特殊召喚した赤ちゃん)

酒が進むにつれ、盛り上がる席。
Iさんはやり手なので、お客さんも上機嫌。

知らぬ間にはじまったパラパラ大会。
Iさんの寸分の狂いもない踊り。
まるで水が流れるようにサラサラと動く姿は、"人間五十年"の一説で有名な織田信長が好んだ「敦盛」を彷彿させました。


時刻は明け方。
歴戦の兵士たちも疲れてきた頃、お客様は会計をして、帰られました。
焼酎、ビール、シャンパン。をたらふく注文され、お会計は数十万円になりました。


送りのため外に出ると、眠そうに顔を出した太陽が北新地の街を薄らと照らし、鳥達の汚いさえずりが耳障りに聞こえてきました。
お客様が帰ったあと、死力を尽くしたNさんはIさんの膝下でスヤスヤと眠りについていました。

私は最後まで丁寧にすることがモットーの超几帳面体質なので、お客様の席を丁寧に掃除し、皿とグラスを洗っていました。
(※実際は一刻も早く退社し、この場から消えたいがために、グラスのフチの部分だけ乱雑に洗い、棚に突っ込む血液型は生ゴミ型貧困大学生)

Iさんはそっと机に置かれたNさんの携帯を手に取りました。
私はそれを見ましたが、特に何もないだろうと思いツムツムを始めました。

しばらくNさんの携帯を見ていたIさん。
突然膝下で寝ているNさんの頭に携帯をフルスウィングで投げました。
全盛期の元阪神井川慶よりいい腕の振り方に感心しました。

痛みで飛び起きたNさん
「何さらすんじゃぼけこら!」
とても義務教育を満了したとは思えないくらい罵詈雑言を浴びせます。

Iさんは続いてグラスを複数個とおしぼりも投げつけます。

学生運動最盛期の東大安田講堂京都大学浅間山荘のように殺伐とした空間。
うんこより汚い言葉の交差。
店内の従業員は何が起こったのか理解できていません。
私は勇敢正義感の強い男の中の男なので、すぐに携帯から手を離し現場の収集に動き出しました。
(※実際はツムツムの最高得点を出すべく、全アイテムをフル活用している最中で、名残惜しく携帯から手を離したものの、殺伐とした空気に耐えられず、後ろの方で少し股間尿意を感じながらビクビクと震えていた。)

どうやら、NさんのLINEを見たらしい。
何を見たのか、一体何に怒りを持ったのか、私は怖くて聞けませんでした。

だんじり男のNさん、暴力帝王の代表が仲介者となり2人を奥のテーブルに座らせました。

現場に転がったグラスの破片がIさんの心、投げられた乾いたおしぼりがNさんの心のようでした。
割れたグラスから溢れた憎しみはダムが決壊したかのように激しく流れ出し、周囲のあらゆるものを壊しました。

私は必死に仲介役になろうとしたものの、登校の時間が近づいたため、苦渋の決断で硬めのタイムカードを切り退店しました。
(※実際は3限目から授業だったものの、心臓が生後6ヶ月の赤ちゃんより小さいので、この雰囲気に耐えきれず一限から授業という虚偽の申告をしてその場から逃げ出した醜い詐欺師ペテン師嘘つき)

退店後、コンビニエンスストアでアイスコーヒーを購入。
いつもよりなぜか苦く感じたカフェインを噛み締め、3限目のために南海電車に向かって歩き出しました。
(※南海電車と地下鉄千日前線は黒っぽい服を着た短髪の反社会的勢力が乗車している場合が多いので危険)

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