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序章

何かが焼けた臭いがする。ほんのり漂うアンモニアはラーメンの黒胡椒のように存在感がある。
寂しそうな近鉄電車から降りた乗客はパスポートを手に改札に向かう。
雑居ビルのエレベーターにはバンクシーの作品がひっそりと佇んでいる。
東大阪市をぐるんと囲んだ""は人々の心より冷たいコンクリート。
壁の上の高圧電線は触れるだけでピカチュウもビックリするほどの電圧で感電させる。
壁の前に落ちた吸い殻の数は東大阪市民の嘆きそのものだ。

「そこどけーそこどけー生野が通るーそこどけーそこどけー生野が通る」桃谷駅に響き渡る列車到着音。
「この国賊!アホンダラボケカスナスコラー!」
罵声の役満と共にワンカップ大関が列車に投げつけられた。
米軍の装甲車と同じ材質のボディは傷一つ付くことなく、ワンカップ大関とその中にあったアルコールを弾き返した。
散らばすガラス片にライトが反射し、キラキラと輝いた。この街の""はこの程度のものだ。
JR環状線は悲しみと怒りを乗せたまま同じ道をただ走り続け、「そこどけーそこどけー生野が通るー」を奏で続ける。

松虫通りとあびこ筋の交差点にガードレールに寄り添うように添えられたコスモスの花。
平和を切り裂く乾いた銃声、路地裏から飛び出すフルスモークのワゴン車、それを追いかけるように出てきた外国人はオーストラリア製のグロックを発砲。
空薬莢が飛び散る道端を平気で横断する住民たち。
その中の1人の老婆が薬莢を一つ手に取り、
「9mm弾。」と呟いたあとその場を立ち去った。

スズメが一羽いた。
自由気ままに大空を飛び回り、町工場の小さな小窓に入った。
ピーッピーッという電子音、火を吹く機械、黒マスクの労働者
「いつもと違う」雀が動物的本能でそう感じた時にはすでに遅かった。
とてつもない熱風にさらされ、気づけば身体全体をぬるっとした"何か"が包み込んだ。
スズメを乗せたコンベアは洗浄を済ませ、炎に包まれたフレームカーテンの向こうへと突き進んでいった。

かつては田んぼに富んだ街だったと言う。
かつては子供達の笑い声に富んだ街だったと言う。
かつては近所のおばはんが無駄な愚痴をこぼしながらも家では言いようのない幸せに富んだ街だったという
かつては人々が文化的な生活を送れる条件に富んだ街だったという。
地図上から消されてもなお、そこには"田"んぼのような生産性と"林"のように幸せがたくさんある"富"を求める人たちがいる。

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