【連載小説・第九回】近くて遠い星の在処・9
中学三年生の「僕」は自らを煤けた石ころと呼び、特別な存在になることから逃げ回りながら生きている。
彼はある日、特別な存在である親友の手によって「星の王子様」と再会してしまった。
しかし、僕が彼にキスをしてしまった事により、関係が崩れ、彼は抜け殻となって高校を卒業した僕の前に現れる。
「シュウ、14歳」編・「僕、18歳」編から成る二人の少年が「いつの間にか奪われてしまった自分の星」の在処を探す物語。
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近くて遠い星の在処
「僕・18歳――灰色の墓標④」
次の日、僕は痛む身体をどうにか持ち上げ、ネットの海に潜ることにした。
どこにいたって湿布の匂いがする。
それはそうだ。身体中に絆創膏か湿布を貼っているんだから。
海の中は広大で、宝物を見つけるのには広すぎる場所だった。
だが、この海は幸い湿布だらけで全身が軋むような僕にも優しい。
ようやく思い描いた地図にある島を見つけ、僕はその宝物を大人から貰った紙幣で交換することに成功した。
事情を知らないやつらにとっては安い買い物ではないかもしれない。
だが、それは僕たちにとっては自分の心を取り戻すのと同じ意味を持っていたのだ。
次のシュウとの約束は、火曜に取り付けることに成功した。
僕はシュウの家の最寄り駅に到着すると、駅で目を皿にしてシュウを探すことにした。
今日は既にいつもの制服を着ている。
もちろん、自分の学校のではなく、シュウの通っていた学校のものだ。
だが、以前のものとは違い、僕の制服はサイズが身体にぴったりと合っていた。
ワイシャツだけは、相変わらず裾の先に薄い染みを残したままだ。
シュウは、相変わらず擦り切れた上下のスウェットにダウンコートを羽織ってのそのそと歩いてやってきた。
彼は、僕を見つけると嬉しそうに右手を上げる。
「久しぶり」
「え、何それ。この前ぶりじゃん」
よれた皮のように笑うシュウの返事を聞かないまま、僕はシュウに紙袋を押し付ける。
「返すよコレ。三年間ありがとな」
紙袋の中身を確認すると、シュウは戸惑ったように袋と僕の顔をじろじろと見比べていた。
「なんで、いつ気づいたの」
「遼の友達がお前が学校辞めたって。……それで。ようやくだよ」
「……うん」
シュウは一度、頭が落ちたかのように深く項垂れる。
「知ってたんだろ。俺の制服が誰のものだったか。制服の貰い手が俺でびっくりしただろ?」
シュウはコクンと一度頷くと、困った顔で言った。
「でも、それがなかったら、おれ……」
「そういうのはやめやめ! ほら、改札入って着替えて来いよ」
「お金は……? だって、お前のその制服……」
「変態相手のパパ活を舐めんなよ。買ってもまだまだ貯金があんだから」
僕はシュウをトイレに連れていくと、リュックから箱を取り出した。
「どうかな?」
シュウの制服姿は、やはり様になっていた。制服は僕が着るよりずっと体に合っていた。
だが、腕の長さは育たなかったようで、袖だけは少し長い。
僕はシュウの背を叩いて、その姿をたたえた。
「やっぱ持ち主が一番似合うよな」
なんて、当たり前のことを言って。
僕たちはホームに上ると電車を待った。
都内とはいえ、決して有名な路線ではないしダイヤも薄い。
少し待つことになるだろうが、平日の昼間は人もまばらだ。
「シュウ、もう一つプレゼントやるよ」
「なに?」
シュウの右腕を掴み、そっと袖を捲る。
シュウの一番の秘密を探る行為だ。それにも関わらず、彼は僕に身を任せてくれた。
袖を傘にしながら露わになった肌には、赤の三本の線が交差しながら入っている。
これはきっと、シュウの最後の煌めきの出口だった。
シュウはそのせいで、袖にゴムのある服しか着ることができなかったのかもしれない。
「これも……バレちゃったんだ」
全てを諦めた顔で、シュウはしっかりとした眉をハの字にさせた。
僕はその言葉を無視し、ぐっと袖を捲って一本の時計を取り出して絆創膏をするかのように大切に撒いてやる。
「――なあ、シュウ」
シュウは顔を上げる。
「この傷、遼たちにバラされたくなかったらさ」
シュウは不安そうな目で僕を見ていた。
「おれにはもう、何にも差し出せるものなんてねーんだけど……」
僕は首をゆっくり左右に振る。
今から言うのは気恥ずかしい言葉だ。
18の男が男相手に言うには気障で酷く浮世離れしている。
つまり、随分と勇気が要るのだ。
だが、僕は意を決して握った手首をもう一度強く握り、顔が赤くなるのを感じながら僕は言ってのけた。
「シュウが落とした星きを、一緒に探させてほしいんだ」
シュウはだんだんと目を見開いていく。
そして、僕の手首を遠慮がちに握った後、強く強く、それこそ遼にやられた傷が痛むほどに握り返してくれた。
「おれも――おれから制服を買ったこと、ばらされなかったらこの時計は借り物ってことにしてほしいんだ」
「っ何で……気に入らなかったのか?」
制服なんかよりもはるかに高いプレゼントだというのに。
一応ブランドものを選んだのだ。シュウの輝きにふさわしいものを。
「さっきみたいに、きみにこの時計を巻いてほしい。おれが勇気を出すためのおまじないが欲しいんだ。おれが星ってやつをも一度見つけたら、これをおれのものにしてもいいかな?」
その約束を断る理由なんてなかった。何度も何度も頷き、僕はシュウの両手を握り締めた。
「おれ、その星のヒント、わかるかしんねーんだ」
不自然な言葉を操り、光の無い瞳でシュウは言う。
「きっとそれは、近くて遠い場所にある」
あの夜。ネットの海を彷徨った時から腹を決めていた。
僕は、シュウと一緒に、彼を星に帰すための旅に出る。
続く
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