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商店街活性化の最終手段はリレー小説なのか(2/5)

●前提となったのは書き手と商店街の信頼関係の積み重ね

現在「西友」がある場所に以前、
「高円寺東映」「ムービー山小屋」という、ふたつの映画館がありました。
『高円寺エトアール物語』は、
高円寺が「映画のまち」だった頃の思い出を大切に、
高円寺のガイドブックのように描かれる
商店街応援エンターテインメント小説です。

 リレー小説『高円寺エトアール物語』のチラシには、そう書かれている。

 この企画の言い出しっぺだが、商店街ではなく地元でフリーペーパー「SHOW-OFF」やニュースサイト「高円寺経済新聞」などを運営している HOT WIRE GROUP という会社だという。

「当社は高円寺四大祭の一つ、高円寺フェスにも関わっており、商店街と関係性があったんです。この関係性がなかったら成り立たない企画でしたね」と同プロジェクトの担当者、山藤(さんとう)輝之さん(写真)は説明する。

 少々遠回りになるが、本題に入る前に高円寺の商店街と祭りの関係について説明しておきたい。高円寺には年間で4回大きな祭りがある。

・びっくり大道芸(春)

・阿波おどり(夏)

・高円寺フェス(秋)

・演芸まつり(冬)

 実行委員会はそれぞれ異なっており、運営の仕方もさまざまだという。一番大きな祭は阿波おどりだが、人混みと踊りがすごすぎて小売業は商売にならず、「儲かるのは飲食だけ」という状況に不満を感じる店主が少なくなかったという。

 落ち着いて町の中を見てもらいたい、町を回遊してもらいたい。そんな思いに答えるべく、阿波おどりのカウンターとして始まったのが高円寺フェスなのだそうだ。

 高円寺にはイベントをやるのに適当なホールがない。100万人動員するという阿波おどりにしても町中でやるしかない。その積み重ねで、イベント事をやるときは町に出る方がやりやすい空気があるそうだ。

 「高円寺フェスの動員数は15万人と、阿波おどりの100万人に大きく水をあけられていますが、176もの店舗が参加しています。ほかのイベント事には参加していないものの、高円寺フェスには参加する。そんなお店もあります。小売店が主役の高円寺フェスに関わることで、お店の方々とよい関係性を築いてきたのです」(山藤さん)

 だからこそ、「小説を使った商店街活性化」という新しい試みに商店街が耳を傾けたのだろう。

 さらに今回小説の著者として加わった書き手の内2名は、高円寺フェスのスタッフやフリーペーパーのライターとしてお店の方々と知らぬ仲ではなかったという。

 エトアール通り商店会会長の内藤一夫さんは「書き手の増山さんと半澤さんは前からうちの商店街のことを気に入ってくれていて信用がありました。知らない人に投げている訳ではないし、安心感がありましたね。最初に打ち合わせもしているし」と人選に納得の様子だった。

 とは言え、内藤会長も最初に話を持ちかけられたときはうまく飲み込めなかった、という。

「実はこの企画、最初は違う商店街で出そうと考えていたんです。しかし既に別の企画が動き出していたので、河岸を変えてエトアールにしたんです」と山藤さん。

 自分たちの得意なメディア事業をベースに、お店の個性を引き出すということを考えてたどり着いたアイデアだった。アニメの舞台を巡る聖地巡礼のように小説きっかけでお店に来てもらい、生の魅力に触れてくれれば、という思いもある。活力を失った商店街のなかにはスタンプラリーさえ実施できないところもあるというのに、たいへんなバイタリティーだ。ところで財源はどうしたのだろうか。

 今回のプロジェクトの財源は商店街の予算ではなく、国が立ち上げた全国商店街振興組合連合会の「地域商店街活性化事業(にぎわい補助金)」だそうだ。つまり国の財源を流用した地域振興事業である。商店街活性化を目的にした助成金事業の公募があり、それに応募する形で実現した。

 この取り組みは単年度事業なので継続の予定はなく、今回のプロジェクトは今年限りの単発である。とはいえ、商店街活性化の助成事業という性格上、たとえ単年度のプロジェクトといえども効果には継続性が求められる。HOT WIRE GROUPが小説というツールを選んだのは、事業が終わっても読んだ人に商店街を印象づけ、思い入れのあるものにするという無形の継続性を期待したからだという。   

 プロジェクトが10月からはじまったというのも予算との兼ね合いで、「年度が終わるまでにプロジェクトを完結させる」ことを念頭にスケジューリングした結果だそうだ。実際、話そのものは5月から出ていたものの申請書を書くなど下準備に追われた結果時間がなくなり、当初4巻の予定だったものを3巻に縮小しているという。反面、進行はスケジュール通り滞りなく進んだ。

「うちが率先してプロジェクトを推進したのが良かったのだと思います。商店街にできないことを外部の力で解決した形です」と山藤さん。

 さらに舞台となったのが商店街で「商店街の仕事」という位置づけだったため、取材しやすかったのも好都合だった。エトアール通りは200メートルあるかどうかの長さで70数店舗が商店会に加盟しているが、そのうち30店が作品に登場している。事前に3名の執筆者が手分けして店に足を運び、企画の趣旨説明のほか取材と掲載の許可を取ってまわっている。どの店も協力的で、断わりを入れられたケースは皆無だったという。

「エトアールの規模だからうまく行ったんですよ」と内藤会長は話す。実際このプロジェクトは商店街できちんと認知されているようで、私が飛び込みでいくつかの店を回ったところ、どの店主もこの企画のことを知っていた。とは言え店主たちがみんな本を手にとったり読んだりした訳ではなく、自分の店が登場しているとか、本が好きでないと興味を持ちづらい部分もあるようだった。企画の性格上、商店街全体で盛り上がるのは難しいのかもしれない。

 企画に対して商店街が一体化しづらい最大の理由は、言うまでもなく全店舗が登場している訳ではないからだ。せめて作家が5名いれば分担してなんとかなったかもしれないが、反面、民主主義的に全店舗を掲載した場合、それが創作の足かせになる可能性もある。条件が設定されている場合といない場合とでは、どちらがむずかしいのだろう。難しい部分だ。掲載されていない店の反応は商店街でもHOT WIRE GROUP でも把握していないそうで、この企画の課題と言えそうだ。

 ところで肝心の反響はどんな具合なのだろう。

 小説の配布部数は各巻公称5千部。第一巻は無料で配布しているが、二巻と三巻はエトアール商店会で買い物したときの特典という形で渡される。したがって実際に商店街に足を運ばないと手に入れることはできない。電子書籍にしたり、通信販売にするなど遠方の読者に配慮するしくみは用意されていない。配布できる範囲に物理的制約があるので、反応の方も高円寺近辺からのものが殆どだ。評判は上々で、他の商店街からも「媚びていないのがいい」と言われているという。だからと言ってターゲット層を地元に限定している訳ではなく、高円寺に興味を持つ人であればよそに住んでいてもぜひ手に取ってほしい、と山藤さんは語っている。

 ちょっと残念だと感じたのは、このプロジェクトのゴールが曖昧なことだった。「綺麗に捌けてくれれば」「スピンオフ的に芝居にできたら」「長い目で見て、それで」などという声が聞かれたが、せっかく本にしてもそれで終わり、その後の具体的展開がないのはなんだかもったいない気がした。このプロジェクトが好評でファンを掴み、外部の人間が勝手連的に企画を盛り上げ祭りにしてしまう……。そんなことを望むのは贅沢だろうか。

 最後に高円寺のご当地小説といえば、ねじめ正一の『高円寺純情商店街』だが、この企画と結びつきがあるのか訊いてみた。

「直接関係はありませんが、ねじめ正一は中学時代の同期なんですよ。彼の家の商売もうちの商売も似たような仕事なので、自分のことのように小説の中に入っていきましたね。自分の自分の生まれ育った場所のストーリーが形になって残った、というのはいいもんですよ」と内藤さんは相好を崩しながら語った。(3/5へ▶▶

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