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中国版エンティティー・リスト制度の正式導入

中国の商務部は、2020年9月19日、「信頼性のない実体のリストに関する規定」(中国語では「不可靠実体清単規定」、以下「本規定」といい、「信頼性のない実体のリスト」を「中国版エンティティー・リスト」という)を公布かつ施行した。
これにより、中国版エンティティー・リスト制度が正式に導入されることとなった。同制度は2019年5月31日に導入 を宣言していたが、それから1年以上経っての正式導入であり、中国政府の慎重な態度が推察できる。
以下では、本規定に基づき、中国版エンティティー・リスト制度を紹介する。

1. 立法の背景
中国版エンティティー・リスト制度の導入のきっかけは、周知の通り、米中の貿易戦争である。特に、2020年8月以来、アメリカ政府はファーウェイに対する禁輸措置や、WeChat、TikTokの利用禁止等を通じ、中国のハイテク企業への締め付けを強めている。
商務部担当官は、本規定に関する記者会見 において、「中国版エンティティー・リストは特定の国や企業を対象として作成されたものではない」と述べたが、このタイミングでの中国版エンティティー・リスト制度の導入は、当該制度を利用した中国政府のアメリカへの対抗措置と考えられる。

2. 立法の根拠
本規定は、商務部の部門通達である。その第1条によれば、本規定は「対外貿易法」、「国家安全法」等の関連法律に基づき制定する、とされている。
2019年5月の中国版エンティティー・リストの制度導入に関する説明には、「独占禁止法」が立法の根拠規定に含まれていたが、今回は含まれていない。すなわち、同リストに加えられる企業は、その市場支配的地位の程度は考慮されないと解される。

3. 規制の対象
本規定の規制対象となるのは、国際経済貿易及び関連活動において次に掲げる行為を行った、外国の実体(外国企業、その他の組織又は個人を含む)である(本規定第2条)。なお、中国に所在する外商投資企業は、外国の実体には含まれないため、本規定の規制対象外である。
① 中国の国家の主権、安全及び発展の利益に危害を加える行為
② 正常な市場取引の原則に反し、中国の企業、その他組織若しくは個人との正常な取引を中断し、又は中国の企業、その他組織若しくは個人に対して差別的な措置を取り、中国の企業、その他組織又は個人の合法的な権益に重大な損害を与える行為

例えばのことであるが、もし、中国以外に所在する日本企業がアメリカの輸出管理規制に従い、やむを得ず、中国企業への製品供給を中断した場合、本規制の対象に含まれるのか否か、含まれるとされた場合、アメリカの輸出管理規制を利用し、意図的に中国企業に対して差別的な措置を取る企業と如何に区別するのかは、今後の実務を注目する必要がある。

4. 担当当局
本規定は商務部が単独で公布したものである。しかし、本規定第4条によれば、中国版エンティティー・リスト制度の主管当局は商務部だけではなく、複数の当局が参与する作業組織(一種の作業部会と解される)である。
後述する本規定に反した場合の制限措置からもわかる通り、中国版エンティティー・リストの実施は、商務部門、公安当局、国家安全当局、税関、労働部門等複数の当局が関係することから、当局の連携がスムーズに行われるのかが、重要な注目点である。

5. 規制対象の決定等
本規定は、外国の実体を中国版エンティティー・リストに加えるためには、以下の法定のプロセスを踏まなければならないと定めている。
(1) 作業組織による調査を行う。
① 作業組織がその職権により、又は関連者からの建議や密告に基づき、外国の実体を調査する。なお、作業組織が調査を決定した場合は、公告を行う(本規定第5条)。ただし、例外として、関連の外国の実体の行為が事実明確である場合、作業組織は、本規定第7条に掲げる要素を総合的に考慮し、中国版エンティティー・リストに直接加えると決定することができる(本規定第8条)。
② 作業組織が、外国の実体を調査する場合、関連当事者に対するインタビュー、関連文書、資料の審査・閲覧又は複製、及びその他必要な方式を取ることが可能である(本規定第6条第1項前段)。
③ 外国の実体は陳述、弁論する権利を有する(本規定第6条第1項後段)。
④ 作業組織は、実際の状況を踏まえ、調査の中止または終了を決定できる。調査中止の決定が依拠する事実に重大な変化が生じた場合は、調査を続行することができる(本規定第6条第2項)。

上記の「関連者からの建議や密告」にある「関連者」とは、合法的な権利の損害を受けた中国の企業、その他組織又は個人、および関連の業界団体等が考えられる。
また、調査を行わずに中国版エンティティー・リストに直接加える場合、外国の実体の行為そのもののほか、本規定第2条に掲げる行為がされた事実も明確にしなければならないと考えられる。そのため、中国版エンティティー・リストに直接加えるのは、実際にはかなりハードルが高いと推測できる。

(2) 考慮すべき要素
作業組織は、次に掲げる要素を総合的に考慮し、外国の実体を中国版エンティティー・リストに加えるか否かを決定する(本規定第7条)。
① 中国の国家の主権、安全、発展の利益に与えた危害の程度
② 中国の企業、その他組織又は個人の合法的な権利に与えた損害の程度
③ 国際的に通用している経済貿易規則に適合するか否か
④ その他の考慮すべき要素(中国企業に対する差別的措置等が考えられる)

なお、商務部担当官は、本規定に関する記者会見で、現況、(調査対象の)企業リストやその公布スケジュールは設けていないとのことだった。

(3) 決定の公告
作業組織は、本規定第7条及び第8条に基づき、調査を行うか否かにかかわらず、外国の実体を中国版エンティティー・リストに加えると決定した場合、公告を行う。
これらの規定からみると、外国の実体に対する調査の実施及び、中国版エンティティー・リストに加えることの決定は、いずれも公告を行わなければならない。
尚、外国の実体には、陳述、弁論する権利が手続上保障されている。従って、中国政府は、中国版エンティティー・リストの作成にあたっての透明度を図っていると評価できる。

6. 制限措置等
上述の通り、作業組織が外国の実体を中国版エンティティー・リストに加えると決定した場合は、公告を行う。作業組織は、当該公告において、該当する外国の実体との取引にはリスクが伴うとして、その取引相手に注意喚起することができ、当該の外国の実体に対しては、その行為の是正期限を定めることができる(本規定第9条)。

さらに、作業組織は、中国版エンティティー・リストに加えられる外国の実体対し、実状に基づき、以下の一つ又は複数の措置を採り、公告することが可能である(本規定第10条)。ただし、是正期限が定められた外国の実体に対しては、期限内は以下の制限措置を採らず、期限内に是正できなかった場合にのみ、制限措置を採る(本規定第11条)。
① 中国に関連する輸出入活動の制限又は禁止
② 中国国内への投資の制限又は禁止
③ 関連人員、交通・輸送機器等の中国への入国の制限又は禁止
④ 関連人員の中国の就業許可、在留又は居住の資格の制限又は取消し
⑤ 情況を鑑み、一定金額の罰金を科す
⑥ その他の必要な措置
外国の実体の輸出入活動が制限又は禁止された場合、中国企業、その他組織又は個人は、原則として、当該の外国の実体と取引を行うことが認められなくなるが、特殊な状況においては、作業組織に申請し、その同意を得れば、当該の外国の実体と取引を行うことが可能である(本規定第12条)。
なお、当該例外措置は、輸出入活動に限定されており、中国への投資や中国への入国制限等への適用は含まれていないことに留意されたい。

7. リストからの除外
中国版エンティティー・リストに加えられても、恒久的に規制対象とされるわけではない。本規定第13条によれば、次に掲げる場合は、外国の実体を中国版エンティティー・リストから除外するとされている。
① 作業組織は、実状に基づき外国の実体をリストから除外する
② 外国の実体が期限内に是正措置を取り、影響を取り除いた場合は、作業組織は当該の外国の実体をリストから除外する
③ 外国の実体が自らリストから外すよう申請した場合、作業組織は実状を鑑み、リストから除外するか否か決定する

上述した本規定の内容では、外国の実体を中国版エンティティー・リストから除外する具体的判断基準は明確でない。作業組織にはその決定につき多分な裁量権が与えられていると考えられる。

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