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香港はどうなってしまうのか?

香港が再び揺れ動いています。5月22日より開幕した中国の全人代(日本の国会に相当)で、28日 香港を対象にした「国家安全法」の制定指針が採択されました。数日来、この法案に反対するデモが香港で激化しています。そもそもこの「国家安全法」とは何か、また最近なぜ香港ではデモが盛んなのか、過去の経緯を振り返りながら見ていきます。

香港人が恐れる未来

はじめに「十年」と言う映画の予告編をご覧ください。

この映画が公開されたのは2015年。それから10年後、つまり2025年の香港が悲観的に描かれています。公用語である広東語が使えず、北京語(普通話)の使用が強制される、香港を示す「本土」(以下と用法が異なります)という言葉が使えなくなる… 先見の明というべき映画ですが、昨今の状況からすると本当にこのような香港が到来しそうです。

香港返還とそれ以降の経緯

香港がイギリスから中国に返還されたのが1997年。香港は元々イギリスの海外領土で、イギリスに割譲された経緯は1839年のアヘン戦争とその結果締結された南京条約にまで遡ります。

返還後、香港では中国本土と違い、様々な権利が享受できました。イギリスの領土であったことから、イギリスの法制度、いわゆるコモンローに立脚しており、中国本土の法体系と全く異なっていた為で、一種の緩和的措置でした。例えば日本に生活している上では当たり前に存在する、言論の自由や集会の自由といった権利は、中国本土では制限されていますが、香港では認められています。一方で政治参画の自由度、すなわち民主化は一定程度制限されてきました。この民主化に加え、香港の自治権や香港人の権利を毀損する動きに対する反発から、香港では様々なデモが起きてきました。これらの動きを年表に簡単に纏めましたのでご覧ください。

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一国二制度とは?

上記の通り、香港では中国本土では認められていない権利が認められています。香港は中国の一部であるのに、なぜこのようなことが可能でしょうか?前項で緩和的措置として様々な権利が認められると記載しましたが、返還前の1990年に本土側で制定された「基本法」でその様に定められたからです。中国という同じ国の中に、種類の異なる制度が併存する状態、これを「一国二制度」と呼びます。上述の通り、香港人は英国統治時代にみとめられていた権利を享受できると共に、香港の自治権を有するという基本原則が認められていたと言えます。

但し、この一国二制度も期限付きです。「基本法」では返還後50年間、つまり2047年までは方針を変更しないとありますが、その後どうするかは記載されていません。仮に中国共産党の姿勢が現在と変わらないのであれば、中国本土側と同じ制度に統一される、すなわちこれまで認められていた権利が失われ、民主化も大きく後退することは容易に想像できます。

逃亡犯条例への反発から5大要求へ

昨年4月に香港政府で「逃亡犯条例」の改正案が審議されました。日本では「犯罪人引渡し条約」と呼ばれ、国内の犯罪人が海外に逃亡した後に逮捕出来なくなることを防ぐ為、犯罪人を自国に連れ戻す為の条約です。日本はアメリカ・韓国としか締結していない一方、香港ではアメリカを始め20カ国と締結していましたが、中国本土・マカオ・台湾とも締結すべく審議が進んでいました。

ここで問題になるのが、中国本土で法令違反した“犯罪人”は香港にいても本土に引き渡されるという事態です。この改正案が審議される前に香港では、中国中央政府に批判的な書物を扱う書店の店長が誘拐され、中国本土で拘束されるという事件が起きました。このような事態が容易に起きうるとして、条例改正案の審議をきっかけにデモが勃発したのでした。

元々、条例改正案の撤廃だけを要求していたデモ。その要求が徐々に膨らみ、「5大要求」と呼ばれるスローガンが生まれました。

1.条例改正案の完全撤廃
2.デモを暴動と認定した見解の撤廃
3.警察の暴力を審査する独立委員会の設置
4.逮捕・拘束されたデモ参加者の釈放
5.香港の立法会(日本で言う国会)等での普通選挙の実現

条例改正案の撤廃のみならず、民衆の積年の鬱憤が爆発する形で普通選挙の実現、つまり民主化まで要求される様になってしまったのです。

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(引用:産経新聞「越年の香港デモ 求めるのは「5大要求」の完全実現」

香港政府は条例改正案を撤廃したものの、デモは継続。19年11月に行われた香港の区議会選では民主派勢力が議席の8割を獲得しました。

この状況に業を煮やしたのが、中国共産党並びに中国中央政府です。かねてから、香港のデモ隊を暴徒と呼び、一般市民は支持していないと中国本土側で宣伝。しかし区議会選の結果が彼らの宣伝とは反対の結果に終わりました。2020年に入り、新型肺炎の影響でデモは一時ほどではなくなったものの継続される中、民主派勢力の代表的人物が逮捕されるなど彼らも焦りを感じていることが窺い知れます。

この状況下で突如として浮上したのが「国家安全法」の制定です。

国家安全法とは?

そもそも「国家安全法」とは何でしょうか?内容は、中国を分裂・転覆等する行為を禁止し、外国組織がそのような活動を実施することを禁ずるものです。但し香港返還以来、民主化勢力を中心に反対する声が大きく、この法律は制定されていませんでした(2003年のデモの対象もこの法律で、最終的に廃案となっています)。

ここで疑問に思うのが、国家安全法(国家安全条例)はあくまで香港の法律であるべきなのに、なぜ中国中央政府がこの法律を制定・施行できるのか、という点です。不思議なカラクリですが、基本法18条によれば同法 添付3にある「全国性法律」(中国全土に適用される法律)は、中央政府の全人代常務委員会(全人代閉会中も法律制定等行う機関)で香港側の意見も確認した後、添付3に新法を追加し施行できると記載されています。但し新法の内容は何でもありではなく、香港の自治権に含まれない国防・外交等に限ります。

つまり、国家安全法は国防・外交に関連することなので、香港の意見は聞きつつも、中央政府側で策定できるということです。基本法制定時の巧妙さに感心しつつも、国家安全法の制定過程、ならびに国家安全法がもたらす結果を想像すると、「一国二制度」の本質が毀損されることに繋がります。故に、これに反発する声が大きく、デモが再発しているのです。

これからどうなってしまうのか?

19年11月の区議会選での親中派勢力大敗後、国家安全法の制定発表に至るまで、中国共産党指導部では喧々諤々の議論が交わされていたはずです。タイミング的には、中国ではコロナは落ち着きつつも、欧米諸国ではまだ被害が大きい情勢下で、いわばドサクサの中での発表。一国二制度の事実上の撤廃という強行措置に及んだ背景は以下かと推察されます。

・強硬な手段で以てしか、香港を統治できないと判明したこと
・国際金融センター・貿易拠点としての香港の地位が低下しており、その機能が更に毀損しても問題ないと判断したこと
・アメリカを始めとする欧米諸国からの制裁に耐えても、香港を“安定”統治する方が国内安定のために望ましいこと
・台湾については、香港情勢を踏まえると短期的に統一に向かうことは難しいので、中長期的視野でじっくり取り組もうとしていること

このような判断の下、戦略的に検討してきた様に伺えます。特に国内安定に向けた強行的姿勢は、最近の尖閣諸島や南シナ海、台湾を巡る動きとも通じていると言えます。

この記事を掲載する5月30日には、アメリカが関税やビザなど香港に与えてきた優遇措置を廃止すると発表しました。中共・中央政府がこの措置にどこまで反応するか、また国家安全法の法案は最終的にどのような内容になるか、香港のデモはどうなるか、ここ数ヶ月激しい動きがありそうです。日本にとって決して人ごとではない香港情勢、引き続きウォッチしていきます。

〜終わり〜


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