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URCを聴き直す①――金延幸子(3)

『Fork In The Road』、あるいは『み空』の時代(1975~1981,1998)

金延にポール・ウィリアムを紹介した室矢憲治、その室矢と知り合うきっかけは、すでに書いたように、室矢が「とべたら本こ」というNHKの子ども向けドラマの主題歌を金延に依頼したからでした。1972年のことです。テレビドラマ『とべたら本こ』は、映画『転校生』の原作として有名な『おれがあいつであいつがおれで』の作者である山中恒です。『み空』の時期に作られたこの「とべたら本こ」は、音源としては長らく未発表でしたが1998年にようやく、アルバム『Fork In The Road』の1曲目として発表されます。ここで聴ける「とべたら本こ」は、子ども向けということを意識してか、少しだけキャラクターを演じるようなヴォーカルですが、とは言え、独特のコード感が健在の弾き語りの小曲です(YouTubeはNHK主題歌ヴァージョンです)。

さて、『Fork In The Road』というアルバム名は、前述のフィリップ・K・ディック出資によるシングル盤と同名です。というか、そのとき出されたシングル盤の日本語ヴァージョンが表題曲として収録されています。アコースティックギターを基調にしつつハモンドオルガンが加えられた、とても素敵な曲です。「Fork In The Road」が収録されていることからも察せられるように、このアルバムは「75年から80年代に書いた曲を中心にレコーディングしたもの」(ライナーより)、つまり、金延がウィリアムスとの結婚生活のなかで作られた曲たちを集めたものです。そう、金延の音楽活動を後押ししたディックが亡くなってしまったがためにお蔵入りになったあの曲たちを集めたものが、アルバム『Fork In The Road』なのです。

なぜこのタイミングなのか。1998年に金延が帰国したさい、アメリカで作ったこれらの曲の存在を知って興味をもった人がいました。それは、愚でベースを弾いていた松田幸一でした。松田は金延から未発表曲の存在を知らされると、「サッチンその英語の曲を日本語でやってみないか」と説得し、伊豆でレコーディング合宿をおこないました。こうして『み空』より少しあとに作られた楽曲が年を重ねブルージーになった金延のヴォーカルで歌われる、『Fork in The Road』が完成しました。したがって、時系列で金延のセカンドにあたるのはカルチャーショックとの『SEIZE FIRE』となるものの、音楽性としてはこちらのほうが『み空』と連続しています。ボーナストラックとして1986年に遊びで録音したという久保田麻琴アレンジの「み空」のデモ音源が収録しているのも貴重ですね。

そんな『Fork In The Road』は、メロディこそ『み空』の延長を思わせますが、アレンジは多様になっています。例えば、「Everyday Friday」「不思議なメロディー」などは完全に『み空』路線のメロディに思えますが、リヴァーブのかかったギターとキーボードは80年代を通過した音色になっています。また、ドブロギターが印象的なブルーグラス調の「夕陽をみた時」のような曲もあれば、『み空』直系のアコギ弾き語り曲「連れていって海へ」のような曲もあります。どの曲も良いのですが、個人的に特筆すべきは「Dreamer」です。というのもこの曲、ギターに中川イサト、ベースとパーカッションに松田幸一、すなわちオリジナル愚メンバーが顔合わせしているのです。この28年ぶりの顔合わせは、愚ファンとしては嬉しいかぎりですね。もっとも曲調は、愚のようなアシッドフォーク路線とは異なりますが。

『Sachiko』とワールドミュージックへの傾倒(1996,1999)

さて、1998年リリースの『Fork In The Road』のスペシャルサンクスを見ると、久保田麻琴&サンディー、別れた夫であるポール・ウィリアムスと自分の家族、フィリップ・K・ディックとともに、サカヴェ・アリ・ハーンの名前があります(久保田麻琴によるアルバムコメントにも、「アリさんもいい仕事しましたね」というかたちで、サカヴェの名前が出てきます)。

サカヴェ・アリ・ハーンはパキスタン人のタブラ奏者です。パキスタンで「アリ・ハーン」と言うと、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンの血縁かなと思いますが、そうではなく、パキスタンの国民的音楽家、ウスタード・サラマト・アリ・ハーンの息子です。金延とサカヴェの出会いは、『Fork In The Road』リリースの2年まえ、1996年のことです。この年、サンフランシスコでおこなわれたゴルバチョフ主催の「世界平和と文化の祭典」という催しにおいて、金延は音楽セクションに日本人の代表として参加し、『It’s Up To You』に収録された「Monkey Island」を披露しました。金延はその音楽セクションで、民族音楽に興味をもったといいます。なかでも刺激を受けたのが、パキスタン人のサカヴェ・アリ・ハーンとナイジェリア人のケン・オクロロでした。ケン・オクロロは、キング・サニー・アデのアフリカン・ビーツのメンバーで、ハイライフ・バンドのリーダーとしてカリフォルニアを拠点に活動しています。

このように1990年代後半の金延は、民族音楽に傾倒していくことになります。そして、その音楽的な成果が、1999年にビクターからリリースされた『Sachiko』です。このアルバムは、サカヴェやケン・オクロロをはじめ「世界平和と文化の祭典」で出会ったミュージシャンが全面的に参加をし、久保田麻琴がミックスを手がけたアルバムです。

そんな『Sachiko』は、久保田のキャリアから見ると、ブルーアジアの前段にあたるようなサウンドです。すなわち、ワールドミュージックとクラブミュージックの絶妙なブレンド感覚が、このアルバムの最大の聴きどころです。その筆頭は、ドラムンベース気味のビートにギターと口琴のような音、さらにフィドルまでが入った「私のジャンと呼ばせて」でしょう。このような演奏のうえに乗る金延のヴォーカルもこれまでとは異なり、完全にワールドミュージックとなっています。あるいは、ケン・オクロロによるナイジェリア語の合いの手にハウスのビート、カリンバとギターの反復が気持ちいい「トンボ天国」や、サカヴェのタブラをフィーチャーして完全に中近東のサウンドに仕立てたテクノ曲「愛の静けさ」もアルバムを代表する曲でしょう。中盤でふいに二胡が挿入される(しかも、その二胡のメロディと金延のヴォーカルがユニゾンする!)「East & Weat」も素晴らしいですね。

金延幸子の現在(2000~)

『Sachiko』を最後に、金延は音源のリリースをしていません。もっとも管見のかぎりではありますが(ウィキペディアでもその後のアルバム情報はないのでおそらくリリースはないと思いますが、一方でウィキペディアの「ディスコグラフィー」には『Fork In The Road』が抜けているので確実でない可能性もあります)。したがって、2000年代、金延は目立った音楽活動はしていません。一方、1983年生まれの僕が金延を知るのは2003年くらいだった気がします。その意味では、渋谷系だとか喫茶ロックだとか、1990年代のさまざまな再評価の機運のなかで金延の『み空』があり、それがディスクガイドなどで紹介され、いよいよ名盤として定着したのが金延の2000年代だったのかもしれません。

そして、そのような時期を経て現在では、日本にとどまらない世界の音楽ファンが、『み空』を知られざる名盤として再発見しています。2018年には、アメリカのインディーフォークのアーティスト、スティーヴ・ガンとともに4度めの来日公演をおこない、その後、アメリカやヨーロッパで精力的にライブ活動をしているそうです。2019年には、ロサンゼルスのA Light In The Atticレーベルから『み空』の世界リイシューがなされました。2018年のコンサートはとても行きたかったのですが、残念ながら仕事の都合で行けませんでした。現在は、金延を追ったドキュメンタリー映画『み空』が制作中で、2020年5月にも日本でのライブが予定されていたのですが、新型コロナウイルスの影響で延期となりました。

金延およびその作品、とくに『み空』の存在は、日本の音楽においてとても大きいものだと思います。それはなにより、ジョニ・ミッチェルと完全に同時期、日本にもオルタナティヴな女性シンガー・ソングライターがいた、ということです。ヒックスヴィルの真城めぐみなどもその影響を公言していますが、その後、金延の系譜にあると考えられる女性ヴォーカリストたちが、日本の音楽をどれほどゆたかにしたことか。とくに2000年代。考え始めるとキリがないのですが、最後に、その一端を僕なりに示したいと思います。

青葉市子「いきのこり●ぼくら」

寺尾紗穂「A Case Of You」(ジョニ・ミッチェルのカヴァー)

さや(テニスコーツ)「Baibaba Bimba(テニスコーツ)」

mmm「無題」

浜田真理子「風の音」

滝沢朋恵「傘」

滝沢朋恵は、金延的なセンスをさらにブラジルのほうに伸ばしたような感じがして、本当に驚きました。金延幸子 meets カエターノ・ヴェローゾだと思いました。

いずれにせよ金延幸子は、世界的に考えても、偉大なミュージシャンのひとりだと思っています。金延の素晴らしい歌のさきで、現在までに数々の素晴らしいシンガーが出現し、また、これからも出現するのだと思います。

※「URCを聴き直す①――金延幸子(1)(2)(3)」は、『URCレコード読本』掲載の金延幸子インタビューとdublab radioによる金延幸子の話、および各CD・レコードのライナーノーツをそれぞれ参考にして書きました。

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