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修理することで残る思い出もあるようだ

やりたいゲームがあって久々にPSP(プレイステーションポータブル)を引っぱり出したら液晶が壊れていた。画面に縦筋が入り、文字が滲む。最初のうちはまだ良かったが、しばらく触っているとなんだか縦筋が増えてくる。これではちょっと遊べない。

仕方がないので中古品でも買うかと調べると、ゲームをただ遊ぶことだけ考えて選べば4000円程度でも手に入りそうだった

ここでちょっと購入を悩みながらPSPの液晶について調べていると、液晶を交換して修理する道があることに気づく。液晶もAmazonで簡単に手に入れることができるようだ。

交換を自分で行うとメーカー保証の対象外になるが、保証もなにも有償修理もとっくに終わっている機体なので関係もなく、交換用の液晶や分解用の特殊なドライバーを購入しても、中古品の購入より安いくらいだ。

新しく購入したところで中古なわけで、完動してくれる保証もない(返品はできるけど)。であれば、失敗するリスクはあるけど自分で修理してみる価値もあるかとダメ元で自分で修理してみたら、うまいこと交換することができた。何でもやってみるものだ。

とは言え、ここまでして修理したのは初めてのことだ。これまでなら中古品を迷わず購入している。にも関わらず修理をしたのはこの機体に思い入れがあることに気づいたことが大きい。

別に何か立派なストーリーがあるわけではないのだけど、このPSPを引っ張り出すと、購入した時のことをいつも思い出す。場所は渋谷TSUTAYAの地下2階で、まだ結婚する前の奥さんとレジの前にいる風景だけ目に焼き付いている。

確かこの機体が発売されたばかりの頃で、ちょっと欲しいのだよねと話した後に、「買っちゃえば?」と軽く背中を押されて買った記憶がある。発売された年からすると2007年だと思うので、ちょうど結婚した年のようだ。

あまり自覚はなかったけど、これは自分にとって良い思い出なのだと思う。ただ、このPSPを引っ張り出してきたときしか思いださない思い出で、そう考えたら安易に捨てられなくなってしまった。

モノに宿る思い出もある。

まるで使わないモノを思い入れだけで残し続けたら部屋が溢れてしまうが、使う余地があって、手に取る度に良い思い出がフラッシュバックするなら修理するのもいいものだ。修理がうまくいったときの喜びも大きい。

いいな。これは。これからは修理って選択肢をいつも持つようにしよう。

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