vol.17 ダイハツ不正と失敗の本質
今回はエドテック企業の有価証券報告書から一度離れ、ダイハツ不正に関する雑談回とさせて頂きます。
雑談回の背景
ダイハツ工業株式会社 (「ダイハツ」)は2023年12月20日に調査報告書 (「調査報告書」) を公表しました。
その後、ダイハツ不正はマスコミ等でも多く取り上げられていますが、どちらかというと「個社固有の事象で起きた問題を批評する」というトーンが多いと感じています。
一方で、ダイハツ不正はダイハツで起きた問題にとどまらず、他の日本企業でも発生し得る事象ではないかと思うのです。
つまり今回の調査報告書から何を学びどのように他の日本における組織のガバナンスを改善していくか、という視点がもっとあっても良いのではと考え、取り急ぎ記事をまとめた次第です。
突然ですが『失敗の本質』という書籍をご存知でしょうか? 初版は1984年、昭和の終わりごろに執筆された本です。大日本帝国は太平洋戦争でいかにして敗北を喫したのか、そこにどのような原因があったのかを分析・解説しています。日本人的な気質・組織性に原因があったとされ、原発事故や東日本大震災後のトラブルにも、そこに原因があったのではないかと注目されました。
この書籍は日本人的な要素から発生し得る組織運営の課題を鋭く分析しており、調査報告書の発生原因と見比べて整理してはどうかと考えました。
そこで以下、調査報告書に記載された発生原因 (真因2項目) を失敗の本質と比較・分析し、日本の組織が抱える問題を洗い出してみようと思います。
記事の全体像
目次のうちアルファベット (A~D) を振った4つのセクションが主要部分となります。
A 調査報告書の概要
調査報告書を簡単に要約します。
B 失敗の本質の概要
失敗の本質を簡単に要約します。
C ダイハツ不正と失敗の本質との比較
上記二つのセクションの内容をふまえ類似点の比較・関連付けを行います。
D 比較から得られる洞察
比較の結果何が得られるのかを検討します。
それでは早速調査報告書の概要から進めていきましょう。
A 調査報告書の概要
調査報告書では、ダイハツにおける不正行為の具体的な内容とその発生原因が詳細に分析されています。特に、自動車の安全性・品質に関わる試験でのデータ改ざんや不正な手法の使用が明らかにされており、側面衝突試験やポール側面衝突試験、オフセット前面衝突試験など、複数の安全試験での不正行為が含まれています。これらは、製品の安全基準を満たすためにデータを操作し、不適切な方法で認証を取得していたことを示唆しています。
また、報告書は不正行為の背景にも言及し、以下の2項目を問題の真因としてまとめています。
1 不正対応の措置を講ずることなく短期開発を推進した経営の問題
2 ダイハツの開発部門の組織風土の問題
さらに、報告書はこれらの問題への対応策として、経営幹部が短期開発の弊害を認識し、従業員に反省と出直しの決意を伝えることが重要とされています。また、短期開発のプロセス見直しで、余裕を持ったスケジュールの実現や開発評価・認証試験の区別を明確にすることが求められています。さらに、性能開発・評価・認証の分離、認証申請書類の正確性チェックの強化、コンプライアンス教育の充実、職場コミュニケーションの促進、内部通報制度の信頼性向上、経営幹部のリスク感度向上、改善への本気度を示すメッセージの発信、再発防止策の立案・監視を行う特別機関の設置が提案されています。
B 失敗の本質の概要
日本軍が太平洋戦争でなぜ敗北したのかを組織論的観点から分析した著作です。この書籍は、日本の外交や軍事に関する専門家たちによって共同執筆され、日本軍の組織構造と運営の問題点を深く掘り下げています。
特に、日本軍の目的が不明瞭であったこと、組織内での意思決定が中央集権的で柔軟性に欠けていたこと、そして現場の実情が上層部に正確に伝わらなかったことが、敗北の主要因として指摘されています。また、日本軍が異端や偶然を排除し、組織内での異議を許さない文化があったことも、組織の硬直化と失敗に大きく寄与したと分析されています。
失敗の本質は、単に歴史的な敗北を分析するだけでなく、現代の組織運営やリーダーシップにも通じる教訓を提供しています。組織が直面する問題を理解し、それを克服するための洞察を与えることで、組織論の分野における重要な貢献をしています。この書籍は、組織の失敗を防ぐために必要な、明確な目標設定、適切な意思決定プロセス、オープンなコミュニケーション、そして柔軟な組織文化の重要性を強調しています。
なお、失敗の本質の内容についてはとても分かりやすい入門書『「超」入門 失敗の本質』がベストセラーとなりました。
以降のセクションでは『「超」入門 失敗の本質』でまとめられた7つの視点を使用し比較を行なうこととします。
C ダイハツ不正と失敗の本質との比較
調査報告書に記載された真因2項目について『「超」入門 失敗の本質』における7つの視点と比較し、類似点の関連付けを試みます。
1 不正対応の措置を講ずることなく短期開発を推進した経営の問題
今回の不正行為はミライースの開発期間を大幅に短縮したという成功体験を受け、その後社内で最優先されるようになった「短期開発の副作用」とも言えるものでした。経営幹部は不正行為の発生を想定せず、未然防止や早期発見の対策を講じなかったことから、短期開発の強いプレッシャーの中で追い込まれた従業員が不正行為に及びました。このため、不正行為に関与した従業員よりも、経営幹部が責められるべきとされています。また、2019年から2020年にかけての認証申請書類の不備に対する再発防止策として、認証試作車と量産車の同一性を確保するための検討が行われましたが、結果的には現状のプロセスを維持する形で対応されました。ダイハツの経営幹部は、短期開発による組織内の歪みや弊害に対するリスク感度が鈍かったと指摘されています。
ここで以下のように関連付けると調査報告書と失敗の本質の類似性が見えてくると思います。
(調査報告書)
(1) ミライースの開発期間を大幅に短縮した
(2) 短期開発の強いプレッシャー
(3) 経営幹部は不正行為の発生を想定せず、未然防止や早期発見の対策を講じなかった
(失敗の本質)
(1) 成功体験
(2) コピー・拡大生産
(3) 組織に強要するリーダー
2 ダイハツの開発部門の組織風土の問題
ダイハツの147名の役職員に対して実施したヒアリングとアンケート調査から、開発部門の組織風土に関するいくつかの問題点が明らかにされています。これには、現場と管理職間、および部署間のコミュニケーションの不足、失敗に対する厳しい叱責や非難、人員不足による業務の過負荷が含まれます。「自分や自工程さえよければよい」という自己中心的な風潮が、認証試験の担当者へのプレッシャーを増大させ、部門のブラックボックス化を促進し、リスク情報の経営層への伝達を妨げていると考えられます。さらに、これらの問題は開発部門に限らず、ダイハツ全体の組織風土、すなわち「社風」として根付いている可能性が指摘されています。
こちらも以下のように関連付けると調査報告書と失敗の本質の類似性が見えてくると思います。
(調査報告書)
(1) 現場と管理職間、および部署間のコミュニケーションの不足
(2) 部門のブラックボックス化
(3) リスク情報の経営層への伝達を妨げ
(失敗の本質)
(1) 現場の体験、情報を確実に中央にフィードバック (米軍はできていたが、日本軍はできていなかった)
(2), (3) リスクとは周知させることで具体的に管理されるべきもの
他の項目でも比較・分析可能かと思われますが、記事をシンプルにすべく、関連付けは一旦ここまでとさせて頂きます。興味のある方は是非『失敗の本質』や『「超」入門 失敗の本質』を手にとってみて頂ければと思います。
D 比較から得られる洞察
調査報告書で指摘された発生原因に対し失敗の本質で示された太平洋戦争時の日本軍の敗因を当てはめてみると、日本の組織運営における根本的な問題は時代を超えてもあまり変わっていないリスクに気付かされませんか?
ダイハツのケースで指摘された組織内のコミュニケーション不足や上層部と現場の断絶などは、歴史的な事例と驚くほど類似しており、これらの問題はダイハツに限らず、日本の組織全体に根強く残っている可能性があります。
以上から、ダイハツ不正は同社固有のものではなく、我々の周囲にも潜んでいるかもしれない問題である、という意識を持つべきと考えます。そのような共通理解の下、各人がリーダーシップを発揮し、行動を起こしていかなければ、今後も日本の組織のどこかで類似事象が再発する可能性は十分にあるでしょう。
おまけ (J-SOXの視点)
会計士の視点から見るとダイハツ不正の調査報告書は全社的な内部統制に関連した問題と捉え直すことが可能かと思います。
ここで財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準は内部統制を以下のように定義しています。
今回の調査報告書は法規適合性に主眼が置かれており、委員会のメンバーも法律面及び技術面の専門家から構成されています。上記定義の4つの目的のうち「事業活動に関わる法令等の遵守」に関する内部統制の基本的要素が深掘りされた、と整理できます。
例えば以下はその一例です。
(リスクの評価と対応)
経営幹部は不正行為の発生を想定せず、未然防止や早期発見の対策を講じなかった
一方で他の目的である「財務報告の信頼性」に関連する内部統制は法令等の遵守と全く別物というわけではありません。調査報告書の内容を受け、J-SOX上も今後ダイハツによって経営者評価が行われ、会計監査人による内部統制監査が実施されると思われます。
まとめ
ダイハツの調査報告書を失敗の本質と比較・分析して見てみましたが、如何でしたでしょうか?
改めて2023年を振り返ると、ジャニーズ、ビックモーター、そしてダイハツなど、実に様々な不祥事が発生しました。このように見ると我々日本人は未だ組織運営が不得手なのかもしれません。
一方で個々の人材の能力をどう束ね、組織としてより大きな成果を出していくかは我が国においてとても重要な課題だと思います。
今月の報道によれば、日本人の学習到達度は未だ高いレベルにある一方でOECD加盟国においてその生産性は最低レベルとなっています。
優秀な人材をどのように束ね、生産性ひいては国力を上げていくべきかは組織運営そのものであり、来年はこの組織運営について、一層前向きな議論がなされることを希望し、この記事を終えたいと思います。
おわりに
この記事が少しでもみなさまの参考になれば幸いです。ご意見や感想は、noteのコメント欄やX (@tadashiyano3) までお寄せください。
なお、投稿内容は私個人の見解に基づくものであり、過去所属していた組織とは関係ございません。
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