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vol 58. 資本論で考える会計士業界

はじめに

私は監査法人やそのグループ会社で25年勤務し、その後会計士として独立して約1年が経過しました。そのような中、先日COTEN RADIOのマルクス・エンゲルス編を聞きました。

カール・マルクスの名著「資本論」の説明が29-10及び29-11の2回に渡って行われています (あの難解な内容を大変分かりやすく説明して頂いています)。この内容を聞きながら、資本論のフレームワークを用いれば会計士の業界で自分が経験した、あるいはしていることも説明できると感じました。

そこで今回は、マルクスの資本論の視点から、「資本論で考える会計士業界」ということで記事をまとめてみたいと思います。


資本論の概要

資本論では資本主義の搾取構造がよく批判的に取り上げられますが、資本主義がもたらすメリットも分析しています。特に、分業の進展による生産性の向上は資本主義の大きな利点です。資本主義の下では、労働が効率的に分割され、各人が特定の作業に特化することで、個々の労働者の生産性が高まります。これにより、多くの労働力が同時に投入されることで大量生産が可能になり、社会全体の物質的豊かさが向上します。

一方で、この分業による恩恵を社会全体で等しく享受はされず、労働者は最低限の「再生産価値」しか得られません。労働者が生み出す価値のうち、賃金以上の「剰余価値」は資本家の利益として吸収され、これが資本の増殖を促します。ここで剰余価値とは、労働者が生み出した価値のうち、賃金を超えた部分を指します。この剰余価値が資本家の利益となり、結果として資本が増えていきます。この仕組みによって、資本主義はさらなる成長と発展を遂げる一方、労働者は過剰労働や搾取に苦しむことになります。

構造的に、資本自体が常に自己を増やそうとする欲求を持ち、それを実現するために、労働者からの搾取する仕組みになっているということです。資本主義に誰か悪役が登場するわけではなく、生産力の発展や社会的富の蓄積をもたらすと同時にこうした構造的搾取が不可避であるという二面性を持っていることを認識することが重要です。

このような視点を持って、BIG4と呼ばれるような大手監査法人や個人の会計士の社会がどのように駆動しているか考えてみたいと思います。

BIG4監査法人

BIG4監査法人はどこも上場企業並みの規模となっています。会計監査が複雑化する中、監査法人も一定の規模がないと上場企業の監査は出来なくなっているということです。

先日BIG4監査法人の決算が出揃いましたが、各法人ともに、所属するグローバルネットワークの下、毎年更なる成長を指向し、巨額の投資を重ねているものと思われます。

BIG4のような巨大資本を持つ監査法人は、まさに資本論が描く資本の自己増殖プロセスを体現しているのです。

以下に、その特徴を挙げてみます。

1. 資本の自己運動: 誰も悪意を持っているわけではありませんが、既に大きな資本が形成されており、資本自体が更なる増殖を目指して動きます。

2. 労働力の共同化: 専門家たちは共同の労働力となり、互いに切磋琢磨しながら、より効率的で高品質なサービスを生み出し続けます。

3. 人材のグローバル化: その結果、優秀な人材が世界中でつながり、「知のネットワーク」が形成されていきます。

4. 高付加価値のサービスを通じた剰余価値の計上: グローバルで統合された知のネットワークがさらに高品質なサービスを提供し、剰余価値が計上され、資本が増加していきます。

5. 継続的な自己増殖欲求: 資本の増加を目指す欲求は止まることがなく、さらなる成長を求め、人材に生産性の向上を求めます。

上記のようなプロセスを経て、極めて優秀な人材が共同で高付加価値なサービスを提供するものの、資本の自己増殖は止まらず、さらなる生産性の向上を求める結果、必要以上に働いたり、競争に疲弊したりすることも出てきてしまいます (各法人は様々な努力を行い状況は改善していると思います)。

ここでポイントなのは、資本主義の仕組みとして、優秀な人材に刺激を受け個人の能力を磨くことができ、法人全体の価値も上がるものの、資本が更なる増殖を要求する結果、どうしても各会計士に負担をかけてしまう構造になっている可能性があるという点です。誰かが悪いという話ではありません。

独立会計士

独立会計士として働くメリットは、自分が労働者でありながら資本家としての立場も持ち、剰余価値を含めた利益を直接享受できることです。しかし、一方で監査法人にはない課題にも直面します。

以下はその内容となります。

1. 生産性の低下: 組織のサポートが少なくなるため、アウトプットの生産性が落ちる可能性があります。

2. 成長機会の減少: 協業の機会が減り、個人の能力を高める機会が失われる可能性があります。

3. 搾取構造への回帰: 独自性のある「商品」を生み出せないと、監査バイト等に頼る形となり、結局は違う資本家との関係で同じような搾取の構造に陥る危険性があります。

資本論に「産業予備軍」という言葉と共に次のような一節があります。

資本主義的生産にとっては、人口の自然的増加によって供給される利用しうべき労働力の量だけでは、決して充分ではない。それは、その自由な活動のためには、この自然的限度から独立した産業予備軍を必要とする。

出典: エンゲルス; 向坂 逸郎. マルクス 資本論 3 (岩波文庫)

巨大な資本の自己増殖欲求を満たすためには、資本主義では予備軍を持つ構造になっており、独立して自由と思っていても引き続き資本の増加のために剰余価値を搾取される構造に組み込まれている、という見方が可能かと思います。

ここでも、資本主義や巨大資本が悪いという話ではなく、独立してもなおそのような仕組みに組み込まれているかもしれない、という全体像の認識が重要である点を強調させていただきます。

AIの台頭: 新たな「機械」の登場

ここまで資本主義の仕組みと会計士業界の関係を見てきましたが、さらに注目すべきは、近年急速に進化しているAIの登場です。

労働生産力のすべての他の発展と同じく、機械装置は、商品を低廉にするためのものであり、また、労働者が自分自身のために必要とする労働日部分を短縮して、彼が資本家に無償で与える他の労働日部分を延長するためのものなのである。機械装置は、剰余価値の生産のための手段である。

出典: エンゲルス; 向坂 逸郎. マルクス 資本論 2 (岩波文庫)

現在BIG4監査法人でIT投資 (例: AIの活用)に取り組まれているものと思いますが、AIの導入は、会計士の仕事を効率化する反面、新たな課題も生む可能性があります。

この結果、生産性は上昇し、全体が豊かになる可能性は十分にありますが、一方で以下のような問題が生じることも考えられます。

  • 技術の進歩についていけない人材が出てくる。

  • 人間の労働が機械やシステムに取って代わられ、一部の業務においては人間の労働力の価値が相対的に低下する可能性がある。

未来への展望

この状況を踏まえ、私たち会計士はどのように未来を見据えるべきでしょうか。以下に、いくつかまとめてみました。

1. 独自の「商品」の創造: 自分がどのような独自の価値を提供できるのか、常に考え、投資し続けることが重要となります。単なる労働力 (産業予備軍を含む) からの移動を意識しなければなりません。

2. AI導入の準備: 昨今のAIの進化スピードを踏まえると、会計士業務の色々な分野での導入が進んでいくことでしょう。この際、AIを使いこなす側に立てるよう、積極的な教育投資が必要になります。教育内容には機械学習や大規模言語モデル等の理論に加え、今後も残るであろう分野で必要なスキル (例: 倫理や哲学、及びコミュニケーションスキル) を含みます。

3. ポスト資本主義下の新たな価値観: 我々は永遠に財務的に成長するという空想に取り憑かれているものと思いますが、その裏には労働力や自然資本を犠牲にしている点を認識しなければなりません。非財務情報の開示は始まったばかりですが、会計士はこのような開示で得た知見をベースに、我々自身が、どのような価値観を持つべきなのか (例: 資本の増殖を追い求めるだけでなく、持続可能な社会を目指す)、新たなパラダイムシフトを検討していくべきだと思います。

まとめ

資本論の視点から会計士業界を見た内容を「資本論で考える会計士業界」としてまとめてみましたがいかがでしたでしょうか? 

この記事を通じて、資本論の視点から会計士業界の構造について考えるきっかけを提供できれば幸いです。また、環境は常に変化し続けるため、今後もAIやポスト資本主義など、変化し続ける社会に対応するために、会計士としての役割や価値を見直していくことが重要だと考えます。

さて、私は資本論はある種の「哲学」だと思います。哲学によって何かが解決するわけではないかと思います。しかしながら哲学は今自分自身が置かれている立ち位置の理解をサポートしてくれると同時に、今後よりよくするためにどうすべきかを考えるツールになるかと思います。

最後にこのようなことを考えるきっかけをくれたCOTEN RADIOに感謝を申し上げたいのと同時に、株式会社COTENのポスト資本主義を模索する事業のあり方に強く共感し、先日COTEN CREWにも加入させていただきました。本当にありがとうございます。

おわりに

この記事が少しでもみなさまのお役に立てれば幸いです。ご意見や感想は、noteのコメント欄やX(@tadashiyano3)までお寄せください。

この記事に記載されている内容は、私の個人的な経験と見解に基づくものであり、過去に所属していた組織とは関係ございません。

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