なぜあなたは頭脳王を毎年観ちゃうのか

従来の「異常な記憶力を持っていてすごい」「幅広い知識を持っていてすごい」「柔軟性や計算力が頭抜けている」といったすごさに加え、河野玄斗登場以後の頭脳王は、「“頭脳王”の対策を(完璧に)こなす」ということも“すごさ”の一部としてクローズアップするようになった。それはある意味で必然的で、かつ周到な変化だったと言える。

黎明期である亀谷時代、そして水上時代を経て、(知力の甲子園時代こ高校生クイズから脈々と続く)頭脳王の出題フォーマットは一定の市民権を得た。それに伴い生じたのがマンネリズムであり、マンネリを打破するために編み出されたのが、先に記した“頭脳王対策の可視化”だった。

もちろん河野玄斗の経歴のスター性、見目麗しさとスタイルのよさも人気維持にまつわる大きなファクターなのだが、この“可視化”がなす意味はかなり大きく、まず、「どうせこの大会に向けて勉強してきてるんでしょ、だから天才とは言えないじゃん」という揶揄を、一蹴し棄却することができたと言える。なぜなら、その“勉強”さえ頭脳能力の一部として明文化し内包したからだ。

ちなみに言えば、勉強のスペシャリストであり、勉強にまつわる本を執筆するほか、勉強についてのYouTubeチャンネルも持つ河野を採用したのは、この“勉強能力の神聖化“を補強することに繋がっている(個人的な意見を差し挟むと、勉強力を頭脳力としてしっかり定義したことにはかなり賛成である。「何もしなくても計算が速い」といった天賦の才だけが天才なのではなく、ガリガリ勉強する能力があることも天才だと思うからである。もっと言えば、「勉強ができない」といった負の要素すら裏を返せば“天才“であると私は考えている。番組でそこまで触れられているわけではないか、とにかく、天才の多義性を示してくれたという点で河野期頭脳王の功績は大きい)。

さて、そんなわけで河野玄人登場後、番組は「対策してきました」という出演者の言葉を臆面もなく放映することが増えた。今回(頭脳王2021)でも、「ギネスブックに載るような記録は憶えておかなきゃなって」などの発言がある(発言は加工あり)。

こうして、視聴者の視点は初期の「こんな問題が解ってすごい」から「こんなに隅々まで対策できてすごい」へと自然にシフトした。これによってマンネリが多少なりとも改善され、番組の延命が実現したと思われる。

また、視聴者にメタ的な視点が生まれたため、“いかにも頭脳王チックな問題“を出題することにも心理的障壁がなくなったのだと思う。だから問題の難易度を(ある程度は)際限なく上げることが可能で、たとえばその傾向は点字の問題などに表れている(かつてはヒント付きで3文字だけの出題だったが、今回はヒントなしで文章が出題された)。

加えて、メタ的な視点の誕生は「いかにも頭脳王らしい超難問に見えるが、そうではない」というミスリード系問題量産にも繋がり、番組に奥行きをもたらした(今大会ではミスリード系問題は多くない)。

ただその一方で、ここまでのテコ入れをもってしても、番組のマンネリ化に歯止めが掛けきれない部分はあり(視聴者は他局の東大王で似たスタイルをさんざ観てしまっているから)、その対策としてか、いわゆる「おもしろ問題」が増加傾向にある。

今大会の一問目、お決まりだったブロック計算問題がお役御免となり、代わりに七夕雑学の問題が据えられたことも、その傾向を顕著に表している。テレ朝の雑学王、フジのトリビア、あとはクイズ赤っ恥青っ恥っぽさなんかを感じさせる問題がかなり増えた。

これは、雑然とした情報ほしさにゴールデンタイムの番組を流し見している層への目配せとも言える。つまり、「仮に頭脳王のフォーマット自体には飽きていたとしても、情報がおもしろいからなんか観ちゃう」という様相を作り出しているのである。

これによって頭脳王がさらに延命されるのか、あるいは凡百のクイズ番組へと堕して腐敗への一途を辿ってしまうのかは解らない。個人的な予想だが、あと1〜2年はこの傾向で存続し、2〜3年後に再度学術的な問題が増えるのではないかと思う。その頃には他局の類似番組が終了している可能性もあるし。

また、その1〜2年のあいだに期待したいのが、「日常のそんなとこなんで憶えたの?」問題だ。今回で言うと「YouTube投稿者名を答える問題」がそれに当たる。

この問題は学術的ではなく、メタ的なひっかけでもなく、おもしろ雑学でもなく、ただなんか異質で、浮いていて、そしておもしろかった。投稿者の方を否定するわけではもちろんないが、憶えていることにあまり意味が感じられず、だからこそ問題としてとてもおもしろい。ここでこそ河野玄斗の記銘力の真価が発揮された気もするし、そういった意味でもとんでもない良問だった。

問題を単独で見たときにも(ゲスト出演者が指摘した通り) 、「ふつう曲名/地名を答える問題で人名を答えさせる問題」と言え、おもしろい構造だ。

大きくくくればミスリード問題の一環となるのかもしれないが、とにかくこの問題に光明を感じる。来年は、「この問題を作題したのは誰?」「このパズルの製作者は?」「この国旗を製造した企業は?」「こちらのギネス記録映像をご覧下さい。この判定員の名前は?」といった問題を観てみたい。

ハワイが危機になったらハワイキキなんですかね?