2012.10.14 援軍ヲ乞ウ。敵ハ苦々シイ中ニモ溢レンバカリノ肉汁ヲ抱エタ奴ラダ

実家から荷物が来た。
緩衝材にはお馴染み、生理用ナプキン(特に多い日用・羽根付き36㎝)が敷き詰められている。
ふかふかのベッドの上で、野菜たちもなんだか嬉しそうな、それでいてちょっと恥ずかしそうな、複雑な顔をしていた。

同梱されてあったメモには、母の大好きなムーミンのイラスト。
おまえ、カバなんだろ。
彼を見るといつも、そう言っていじめたくなる。なぜだろう。

カバの口からは吹き出しが零れている。

【緑黄色野菜を食べなさい】

りょくおうしょくやさいをたべなさい、
すごくカバが噛みそうな台詞だ。
スナフキンにアテレコしてもらった方がいいんじゃないか。

ぶつぶつ言いながら野菜やらドレッシングやらを冷蔵庫に納める。
するとカバ(ここでは仮に“ムーミン”と呼ぶことにする)が、「ねぇ」と絡んできた。

「きみピーマンの肉詰め、食べたことないだろう」

それは奇しくも、冷蔵庫にピーマンを奉納せんとする瞬間のことであった。

「ああ、肉詰めね。アルよ。」

しれっと答えたつもりが、あっさりと声が裏返ってしまう。
炒めたピーマンとハンバーグが、奇跡的に口の中でフュージョンしたことはあるが、
“こちらピーマンの肉詰めでございます”
と言って給仕がクロッシュを開けるのを、私はただの一度も見たことがなかったし、クロッシュはおろか、給仕に給仕されたことすらもなかった。

「大人げない嘘はよせ」

ムーミンの後ろからヘムレンさんが覗き込む。
ピーマンの切手を握りしめていた。
私は思わずぎりりと歯ぎしりをした。
あまりにもポピュラァな料理を、アラサーになってもまだ食したことがないなんて。
遺恨悔恨無念千万!
やるよ、やってやる。作ってやるよ肉詰めぇ!

私は早急にクックパッドに援軍を要請した。

【援軍ヲ乞ウ。敵ハ苦々シイ中ニモ溢レンバカリノ肉汁ヲ抱エタ奴ラダ】
【了解。汝、早急ニ検索サレタシ】

およそ1500ものレシピの中から一番材料が少ないものを選んだ。

2時間もかかった。

この戦いが本物なら、私はとっくに死んでいる。
セーラームーンの変身中に、(早くしないと敵にヤられちゃうよぅ!)
とヒヤヒヤしていた幼少期の思いが全く活かされていない。残念だ。

早速調理に取りかかる。
だが、早くも手順①から挫折しそうになる。
ピーマンの種を取るのがたまらなくめんどくさいからだ。
そもそも体に害はなかろうに。種なんだから。
なぜ取る必要があるんだ。
スイカならまだしもピーマンの種を飲み込んだらお腹の中で発芽してボカン、というのは聞いたことがない。
でも取らなくては。取らなくては②番にいけない。
物事には順序ってもんがあるって、お父さんも言っていた。
取らないと切った時に種がぴっぴぴっぴと散らばってお掃除が大変だからねって、お母さんも言っていた。
それになんか食べてて邪魔だ。ざりざりする。
自分でもそう、分かってはいる。

せめてこの作業…時給500円でいい。欲しい。
さらに交通費を付けてくれたら私は行く。どこへでも行く。
朝から晩まで人差し指で、ぐりんぐりんとピーマンほじくって6000円。
(13時間拘束、1時間休憩、昼食はまかないのピーマン。調理法自由。)
うん。なんだか気が狂いそうだ。

だったらゴーヤのわた取りなんかがいいんじゃないかとも思った。
朝から晩まで人差し指と中指で、がしゅがしゅゴーヤをほじくって6000円。
( 昼食時は農園解放。調理補助あり。)
だめだ。やっぱりだめだ。
あの形状でアレくらいの大きさのモノはもやもやする。
ものすごくこう、もやもやっとする。

そうだね、たった5個、たった5個だもの頑張ろうよ。
ようやく観念してピーマンの種取りをする。
あとは例のごとく挽き肉やらなんやらをねちょねちょして
開いたお腹に詰めて焼く。なんだかおぞましい。
レクター博士みたいだ。
見たことないけど。

そして辛くも博士の勝利。
なんとか“ピーマンの肉詰め”なるものが完成。
もちろんフライパンから直接いただく。
それが一人暮らしの嗜みってもんだ。

「な!んな!謀ったな!謀りおったなこのカバァ!」

それはまぎれもなく、炒めたピーマンとハンバーグの味だった。
別々に作ってたまたま一緒に口に入れた時と、おんなじ肉汁が溢れていた。

「やっぱり予想通りじゃねぇかぁぁ!!ピーマン炒めとハンバーグじゃねぇかぁぁ!!」

「ちがうよ、それはピーマンの肉詰めだよ。ピーマンの、肉詰め、なんだ!それに僕は、カバじゃない!トロールだ!トロールなんだ!」

どっちだっていい。
もうどっちだっていいよおんなじだ。

30を目前に、またひとつ大人になれた気がした。

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「僕がピーマンの肉詰めになったら、迷わず食べてくれるかい?」
スナフキンはそう言うと、静かにピーマンの種をまきはじめた。

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