016 職人気質が好き <転>

(↓前回、前々回からの続きです)

https://note.mu/yanakyo/n/n028abf515388

『夏の勝新太郎(略して夏新)』 -3-

7.
 二日後、カタクラ老師が訪れる日となった。午前中に大体の用事は済まし、映画を見ながらカタクラ老師の到着と事前の電話連絡を待ちわびていた。
 13時頃、玄関のチャイムが鳴り、ドアホンを取ると「あ、エアコンの会社ですけども!!」と言う声がした。またしても事前の電話は来なかった。
更にカタクラ老師は続けて、「今日はもうひとり居ますから!!!!」と付け加えた。
少し「?」となったが、玄関のドアを開けた。

 「どうも~」と挨拶するカタクラ老師の後ろには、30代後半ぐらいの男が立っていた。
毛量の多い短髪に、黒々とした無精髭を顔中に蓄え、少し褪せたTシャツにジーンズ姿。お世辞にも清潔感がある、と言い難いその男は挨拶もそこそこに、カタクラ老師と共に部屋の中に入ってきた。

 恐らく彼はアシスタント的な位置づけで、カタクラ老師の妙技をサポートする係なのだろう。その手腕を間近で見て、いつか老師のようになりたいと憧れを抱きながら、下手に手出ししようものなら、老師に「触るな!今はおめえの出る場面じゃねえ!!」と怒鳴られながらも、老師の職人気質な姿にしびれ、更に憧れを強めたりするのだろう…と一瞬のうちに想像し、立ち位置や関係性を把握した気になっていた。
 次の瞬間、そのカタクラ老師より若い男は、カタクラ老師を差し置いてエアコンの前に真っ先に立ち、

 「おお~これか、今日は…ダイキンだな…ダイキン多いよなあ~儲かってんだな…」

と低くハリのある声でぶつぶつと呟き始めた。
その後、大きな工具箱からいろいろな工具を取り出し、中を分解し始める男。
どうやら、この男がメインの施術を行うらしい。カタクラ老師が行うと思っていた自分は面食らった。いや、恐らくこの男がある程度のところまでやって、神業的な繊細な作業が求められる場面は老師が施術を行うのだろう。

8.
 そう思いながら見ていると、なお男による施術は続く。
今まで来た3組のサービスマン全てに立ち会ったが、この男、今までのサービスマンとは手付きや施術の順番・着眼点が全く違う。
これまで全く見たことのない器具や、誰も開けていない場所まで開けながら、淡々・着々と作業を進めていく。
素人目から見ても別次元で、明らかに上手い。
ここまで3回の診断と施術の経緯を見ている僕には、その手さばきに感動を禁じ得なかった。

 更に、ぶつぶつ呟いている言葉が漫画みたいでいちいちカッコいい。


 - 「なんでみんなここ見ねえのかな…誰もやりたがらねえんだろうな~…おれだったら真っ先に見るのに…」
 
 - 「こんなのヨドバシとかで販売してる人だってわかるとこなのになあ。あの器具あったかな~(ガサゴソ…)あっちゃったよ…繋ぎますか~」

 - 外側の蓋を開け、中のホースを見て「うっわ!ひっでえ…大家がテキトーなんだろうなあ。こんなんで金もらえるなら俺も貰いてえな…仕事じゃねえなこりゃ」
 →この発言には、皮肉を交えながらも、自分の修理工という職業へのプライド・誇りが感じられてめちゃくちゃカッコよかった。

 その仕事人の雰囲気・手さばき、仕事への誇りや哲学が現れたような精悍な横顔はまさに職人気質だった。
途中「お客さん、すいませんけどこれに水を入れてもらえますか?」とペットボトルを差し出された。感動していて少し反応が遅くなった。
その態度は柔和そのものだった。技術が上手くて豪胆なだけではなく、優しさも兼ね備えている人ということが一発でわかった。

 更に老師とのコミュニケーションも良好で、
 「カタクラさん、これ知ってます?」
 『知らない』
 「…これね、東電とおれしか持ってない魔法のテープなんですよ…これを巻くとねー…ほら、全然水通さないんすよ」
 『どうしたのよ、盗んできたの?』
 「そんなことするわけないじゃないっすか…ハハ ある秘密のルートに内通しててね。そっからなんすよ。言ったらまだ貰えますよ」
 『おれにもくれよ』
 「100個貰ってきますね…笑」
 『そんないらねーよ!バカヤロウ』
みたいなやり取りがあった。あれだけ声のデカかったカタクラ老師も、彼の声のトーンに合わせてひそひそ声気味になっていた。

 その後も、”東京電力とおれしか持ってない魔法のテープ”を初め、追加アイテムや工具を交えながら、驚異の手際にて20分程度でエアコンは完璧に直ってしまった!!
ここまで数ヶ月の懊悩はなんだったのだろうか、というぐらいアッサリしたものだった。しかしながら、プロのサービスマンが3組診ても解決しなかった故障なので、思うに難しい修理だったのだろう。
難しいことをいかにも簡単そうにサラッとやってのける、それが本物の職人気質なのかもしれない。

 感動した僕は、数ヶ月解決していなかったものが一瞬で解決して嬉しい、ありがとうございますということを言葉少なに伝えた。
すると彼は、

 「お客さん…19万8000円ってとこですかね」といたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
 するとカタクラ老師が『バカヤロウ、198円の間違いだろ!?』と返した。

僕含めてみんなワハハッと笑って、なんか絵に描いたようなベタな大団円感だった。それに恥ずかしくなって一人でもう一回ウケちゃった。

 職人はサラッとしたジョークも言える人だった。
最初は清潔感がないと思っていた無精髭や、毛量の多い髪の毛も今や「ワイルド」に見え、褪せたTシャツも「職人の仕事着」という風合いに見え、とてもカッコよかった。
 それと同時に、一瞬彼の姿にちょっとした既視感を感じた。うちの本棚にある『自伝 俺、勝新太郎』の表紙の勝新太郎ソックリのワイルドさだった!!
https://www.amazon.co.jp/%E4%BF%BA%E3%80%81%E5%8B%9D%E6%96%B0%E5%A4%AA%E9%83%8E-%E5%BB%A3%E6%B8%88%E5%A0%82%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%8B%9D-%E6%96%B0%E5%A4%AA%E9%83%8E/dp/433165432X

そこからは、若い勝新にしか見えなかった。
「これからの季節まだ暑いと思うんで、37℃とかになると、あの型のエアコンの室外機って35℃までしか熱交換できないんですよ。だから逆に熱風とか出ちゃうんで、その時は一旦切って様子見てください。どうもー」と親切な忠告までしてくれて、勝新とカタクラ老師は去っていった。
 
 本当にありがとう、勝新…

(続きます)

うれしいです。