最強(たぶん)漫画で漫画術14 コマについて1 役割と歴史
1 役割 コマはなんのために生まれたかⅠ
ストーリーは時間軸の古い方から新しい方に向かって流れていく。例外的な実験作品はあるけれど、おおむねそういう事になっている。ズトーリーの流れは時間の流れなのだ。
実はいろいろある表現方法の中で時間の流れ=ストーリーの流れの表現を苦手とするのは、マンガが所属するジャンル、絵…平面表現だ。
彫刻や建築のような立体・空間作品もストーリー表現は得意ではないが、ものによっては時間経過を重ねやすい。例えば京都・桂離宮の庭園は歩きながら見る。それとともにものごとの移ろい・はかなさを感じられるように作られている。音楽は時間表現なのでストーリーとの相性がすごくいい。古代ギリシャの頃から音楽劇があるのはそういう理由からだ。
ストーリー表現が苦手な絵画が辿り着いた打開策がコマだ。コマには、コマの中に収まった絵を独立させる性格がある。本来切れ目のない時間=ストーリーの流れを切って分節し、エピソードや台詞を順次的に読むように方向付け、ストーリーの流れを明確にする。こうした力をもつコマを使うことで、マンガは生まれてきた。
例をみてもらおう。上図上の絵では時間の流れがはっきりしない。発せられた台詞を一コマの中にぶちまけているからだ。
これを上図下のようにいくつかのコマに割り、台詞も分散させてみる。台詞はほとんど意味のないようなものを選んだ。それなのにコマ割をして台詞をいれると、時間の流れははっきりわかる。台詞も何らかの意味を感じられるようになり、画中の二人からも性格設定のようなものまで浮かび上がってくるのが感じられるだろう。これがコマのもつ役割である。
2 歴史 コマが生まれる前はⅠ
①異時同図
ではコマのない時代はどうだったのか?絵画はストーリーをどう表現しようとしていたか?その工夫も見てみよう。
表現方法の一つが異時同図である。下の図はミケランジェロ・ブオナローティ(1475~1564)が描いたシスティーナ礼拝堂天井画の部分。アダムとエヴァの原罪とエデンの園からの追放がテーマ。ここでミケランジェロはアダムとエヴァが知恵の実に手を出す様子、そのためにエデンを追放される様子、時間軸の違う場面をひとまとめに描いている。異時同図とはこのように違った時間の場面を一つにして描く描法だ。
もっとも、ミケランジェロは木の幹をドンとおいて画面を分割し話の流れを分かりやすくしているが。分割された画面がコマのような役割を果たしているのがわかると思う。
異時同図を使うのは、は西洋絵画だけではない。下図は奈良・法隆寺所蔵の仏具・玉虫厨子(たまむしのずし)の胴体に描かれている『捨身飼虎図』。7世紀の制作。飢えた虎のために我が身を投げ出す人物が三体出ているが、どれも同じ人。
3 歴史 コマが生まれる前はⅡ
日本では12世紀頃に、絵巻物というものが盛んに作られた。何枚も紙をつなぎ合わせ、一続きの絵が描かれている。10メートル越えるものさえざらにある。長く続く絵は世界のあちこちにあって、絵の巻物は中国にもある。また、フランスには『バイユーのタペストリー』と呼ばれる60メートルを超える刺繍画が11世紀に作られている。
これらは理想世界を描いたり歴史的事績を記念したりするものだ。日本の絵巻物はこれらと違い絵とストーリーを楽しむ娯楽だったことだ。主題は世の中で起こった不思議な事件、歴史、偉人の話などで、こういう絵巻物を何人かで取り囲んで、ストーリーを知ってる人がお話をしていくのである。
現代の美術館で見る時はざーーーっと延ばしてあるのを歩きながら見ることが多いので、
「なんだかずーーーーっと絵が描かれている」
としか思えない。が見方をしると突如物語が生まれてくるのだ。
絵巻物には詞書(ことばがき)と言って場面の説明の文章がある。そこから肩幅くらいに両腕を開いた分量を開いて引き出す。その分量が大体一つの場面。肩幅くらいの分量がすなわち絵のフレームになる。(図)その長さは大体二尺(70センチ弱)くらいだ。見終わったら次の詞書を読んで同じくらいの分量をひきだして次の場面に移る。
制作した絵師は「次のひと巻をしたらビックリする絵が出てくるぞ~」などと狙いながら描いていくのだろう。またドラマチックな展開のあと場面を展開するのに山とか町並みの風景を差し挟んだりして、鑑賞者の気分が変わるようにしている。このあたりは現代の漫画のコマの感覚と良く通じる。
例えば上の図は『信貴山縁起絵巻』の『山崎長者の巻(飛倉の巻)』。この絵巻は奈良県にある信貴山の中興の祖と言われる命蓮上人というお坊さんの行いを物語にしている。細かく見ていこう。
命蓮上人は山から下りずに、仏道に励んでいた。法力で鉢を飛ばして、あちこちからその鉢に食べ物などのお布施をもらっていた。ある日、京都の南部・山崎の長者(金持ち)の所に鉢を飛ばしたところ、長者は無視して鉢を捨ておいた。すると鉢が米俵の入った倉を持ち上げ、山のかなたへ飛び去ってしまった。人々は大騒ぎ、倉を追いかけ始める…。
ここまでの画面を大きくして分解すると以下の図になる。追いかけ始める寸前が最初の一巻きくらいになる(1)。
4 歴史 コマ誕生
このコマ割がいつ生まれたか。学問的には、創案者はスイス人ルドルフ・テップフェール(Rodolphe Töpffer、1799~1846)だと言われる。テプフェールは教師であり作家であり政治家だった。また画家であり風刺画家だった。仲間内で楽しむために考案したコマ割漫画だが、ゲーテに勧められて出版に踏み切ったという。
テプフェールの描いたものはいまでもインターネットや単行本として見られる。
http://leonardodesa.interdinamica.net/comics/lds/vb/VieuxBois01.asp?p=1
どんなものだろうとワクワクしながら見ると、意外なくらい普通で拍子抜けするほどだ。これは『ジャボ氏物語』(1833)。既視感を覚えた人もいるかも知れない。それぐらい「コマの中に絵と台詞をいれる」というスタイルは、シンプルで強い普遍性を持つからだと思う。
そして、こういうアイディアは往々にして同時多発的である。ウィリアム・ホガース(1697~1764)が最初だとか、アドルフ・ウィレット(1857~1926)を忘れるな、とか人によっていろいろある。この場ではテッペフェールとしておこう。
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