見出し画像

タイムアフタータイム

ハルミは私の前で コーヒーを一口啜った。
僕はタバコに火をつけて ハルミの眼を見つめた。
ハルミの黒目がちのまなこは僕をじっと見つめ返した。

僕は逃げたくなった。この眼には耐えられない。

あなた 今の現実から逃げないでね。私は何も後悔してないわ。
あなたの子供を堕したことも。
卒業して 東京へ行くのね。
東京へ行って何するの?
あなたみたいな ふわふわした人が 何か目標があるの?
ただ 会社の駒になって 働くだけよ。
何故 あなたの夢を追わないの?

僕には才能が無いと分かった。

誰がそれを決めるのよ。

僕はタバコを一口吸い コーヒーを飲んだ。

喫茶店のBGMで掛かっている曲はどこかせ聴いた曲だった。

今かかっている曲わかる?
ハルミは僕に問いかけた。

どこかで聴いた曲だね。

タイムアフタータイムよ。シンディローパーの曲をマイルスデイビスが演奏しているの。

そうか マイルスデイビスか。しかし 何故ジャズの帝王がポップスを。

あなた 何故マイルスデイビスがタイムアフタータイムを演奏しているか 分かる?

ハルミはコーヒーを一口飲むと僕に問いかけた。
彼女は女性には珍しくジャズ好きなのだ。

マイルスデイビスはあきらめてないのよ。
何度も何度も 誰に言われようと 自分の求める道を探し続けているのよ。

ジャズの頂点を極めたとか言われるけど
頂点なんて 無いのよ。

だからなんどもなんども 試行錯誤しながら
演奏しているのよ。

彼は観客のために 演奏していない。
自分のために 演奏しているのよ。自分を見つけるために 演奏している

あなたにもそうして欲しい。
決して自分を見失っちゃダメよ。
もし そうなったら あなたはただの
交差点を行き交う、ひとりに過ぎなくなるわ。

僕は店内に流れる マイルスデイビスのタイムアフタータイムを聴いていた。

ハルミは僕を見て ちょっと微笑んだ。

その笑顔が 僕の記憶に残るハルミの最後の想い出である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?