【創作】文披31題まとめ2022④

 昨年の文披31題のまとめ その4 です。最終日はお題全部盛りで書いてみました。無理矢理なところもあるけれど意外とうまくいったのではと思っている。

 7月まであと少し、今年も楽しみです!

その1はこちら

day 31. 夏祭り


 仕事帰りに見かけた夏祭りの貼紙にふらふらと引き寄せられ辿り着いた公園は意外に大きく、屋台に囲まれた小さなステージでは地元のバンドが演奏していた。ビールを買い、整然と並べられたベンチの一番後ろに腰掛けると錆び付いているのか、ぎい、と鳴いて抗議する。短夜でまだ周りは明るいのにちょうど緑の陰になっているそこだけが薄暗い。
 ぼんやりと音楽を聞きながら手の中で錠剤を弄ぶ。なみなみと注がれたビールを握りしめた手に滴る結露。本当は水で飲むものなのだろうが、こういう時ぐらいいいだろう。一息にビールで流し込むと、視界がぐにゃりとゆがむ。意識を失うってこういう感じなのか、と妙に冷静なまま真っ白な中に落ちていくと、
 俺は元のベンチに座っていた。

 状況が飲み込めず、量を間違えたのだろうかとくらくらする頭を抱え込んでいると、視界にちらりと入る金魚柄の生地。ベンチの隣には浴衣姿の女性が座っていた。
「わっ、え?」
「久しぶり。元気だった?」
 誰だ。にこにこしてこちらを覗きこむ彼女は、その群青色の浴衣のせいで黄昏時の幽暗に溶けているような錯覚に陥る。なんとなく見覚えがある気もするが……。こういうのは大体、高校の時に隣のクラスだったとか、そういうものと相場が決まっているが。
「今日は鉛筆に困ってないから大丈夫だよ」
 そこまで聞いて思い出す。隣のクラスどころか隣の席だった。確かマークシート模試の日に鉛筆を忘れたとかで貸したのがきっかけで、その後も何かと貸し借りしていたのだったか。消しゴム、理科室の標本、漫画にお昼ご飯のパン。今日お腹すいてない、とあんぱんを差し出した彼女に次の日、俺は何を返したんだっけ。
「ああ、久しぶり。元気にしてるよ」
 思い出したその名前を呼び、大いに嘘を織り交ぜつつ応える。でもなんでここに、と心の声を読んだように、お祭り懐かしくなっちゃってね~、と答えになっているような、ないような返事が返ってきた。
「ね、一緒に屋台行こうよ」
 勢いよく立ち上がり、こちらに手を差し伸べる君。これは幻覚だろうか。この手を取ったらどうなる? どうなっても困らないだろう? 自問の答えが出る前から立ち上がっていた。帯の背中に差された団扇のひまわりがキラキラと光を放っている。

 それから二人でありとあらゆる屋台を楽しんだ。射的、金魚すくい、スマートボール。金魚すくいで一匹も掬えずにいると店主の横で手伝いをしていた子供がくらげを模したスーパーボールをくれたので、じゃあ、と俺たちはくじ引きで当たった水鉄砲を彼に渡す。かき氷はやっぱり頭が痛くなるし、綿菓子を頬張ったすぐ後にラムネを流し込んだ時のしゅわしゅわとすべてが消えていく感覚が気に入り、何度も繰り返して笑った。この世のすべてがこんな感じで消せたらいいのに、と俺の心に浮かんだのを見透かしたように君は悲しそうに微笑んでいた。

「あー、楽しかったー!」
 ヨーヨー釣りで手に入れたヨーヨーをびよんびよんと揺らしながら君が伸びをする。緑地に黒色の柄が入ったそれはすいかのようで、中に入っている水が赤色だったら、でも血みたいで嫌だな、とかどうでもいいことを考える。確かに楽しかったけれど、そろそろ確認しておかないといけないことがある。
「それで、今日はどうしてここに? だって君は、」
 そう、君はもうここにはいないはずなんだ。あんぱんを借りた次の日に、事故だと聞かされた。線香花火がぽとりと落ちるようにあっけない。
「そうだよ、だから今日だけ。本当に楽しかった。ありがとう」
 咄嗟に手を伸ばしたけれど、指先は空を切る。彼女の笑顔がステージの絶叫にも似た強い照明にさらさらと消え、目の前が真っ白になった。

 尻に固い感触を覚えて恐る恐る目を開けるとそこは元々座っていたベンチ、手にはぬるくなったビールが握られていた。あれは人生を終わらせようと思って飲んだ薬の作用なのか、やはりまがい物の薬でただの夢だったのか、謎は謎のままで置いておくことにしよう。こっちに来るのはまだ早いよ、という君からのメッセージかもしれないし。昼間は真っ白だった入道雲がうっすらと見える天の川に黒い影を落としている。そういえば頼まれていた切手を買うのを忘れていた。さて、と立ち上がり、家への道を急いだ。


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