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心お弁当【ショートショート】

いつも通りの時刻に目が覚め、
いつも通りに用意をして、
いつも通りに出勤する。

こんな毎日をどれだけ繰り返してきただろう。

空虚な日々と現実の温もりを繋ぎ止めてくれるのは
毎日通っている弁当屋の日替わり弁当だった。

今日もいつも通り日替わり弁当を頼もうとしていると
新メニューのポップが目に入った。
『心お弁当』
名前にも心惹かれた。
「すみません、今日はこっちで」

昼休憩が始まり、自席で期待に胸を膨らませ
『心お弁当』を開いた。

見た目は普通の幕内弁当だ。
ご飯の上に梅干し、焼き魚、卵焼き、煮物、揚げ物、そして佃、に…?

佃煮が異常な黒色をしている。
光を全て吸収するかのような漆黒のそれは
なんの佃煮なのか見た目では判断できない。
若干の恐怖を感じつつ、店への信頼を勇気に変え
口の中へ。なんと、うまい。

すかさず白飯をかきこむ。
続いて揚げ物へ。ちくわの磯辺揚げだ。不意に
涙が頬を伝う。先日、実家で飼っていた猫が亡くなったと
家族から知らせが届いた。その猫は、ちくわが大好物だった。
そんな思い出が、磯辺揚げを見た瞬間に蘇ってきたのだ。

塩気をいつもより感じつつ、煮物へ。
椎茸の煮物を口の中へ入れ、数回の咀嚼ののち、
ひどく目を見開いてしまった。
母の作っていた煮物の味とそっくりだった。
似ている、というより、本当に母が作ったのではと
思うほどだった。優しさがじんわり染み出してくるような
この味は久しく帰れていない田舎へ、一瞬にして彼を運んで行った。

大好物の鮭に大きく口を広げてかぶりつく。
一噛みするごとに、旨みに喜びが溢れてくる。
あぁこれが幸せか、なんて柄にもないことを考えていると
見ている景色がなんだか色鮮やかに見えてきた。

あぁ、本当に疲れていたんだな。
そんな自分の状態に気づくことができた。
そして、次第にボロボロの状態だった自分に
怒りが湧いてきた。自分を大切にできるのは自分だけだろう。

残りの弁当を猛烈な勢いで平らげると、
デスクに散らかる仕事へ取り掛かった。
仕事を終わらせたら、休みをとって実家に戻る。

彼の空虚な日々に感情を注ぎ直した弁当箱は
彼のデスクの下で満足げに佇んでいるのだった。
(874字)

#毎週ショートショートnote



お久しぶりです。矢内です。

創作大賞に向けて長編を書こうと頑張っています。
初めての長編チャレンジなのでかなり気負っています…

久しく参加できていなかった#毎週ショートショートnoteの企画に久しぶりに参加させていただこうかと思ったのですがスーパー字数オーバーでございました。別物と捉えていただきたい。

息抜き、なんて言ったら失礼ですが、自分にとっては本当に楽しく創作ができるきっかけをもらった企画ですから、ふとした時には参加したい所存であります。

GWも明日で終わり。天気も気分も憂鬱な感じですが、ぼちぼちと気持ちを切り替えていきましょう。

ではまた。



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