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〜健全なエゴを求めて〜サビアンシンボル 牡牛座9度

星のことを考えるのが好き。星が見えなくても考えるのが好き。「ここではないどこかへ」考え続ける、9ハウス・ステリウムのやなへいです。西洋占星術の「哲学」の場に異常なほどに星が集まっているという、無類の考えたがりなわけで…。


満月の夜にふと考えた。

ちょうど満月の時間帯に気が付いたのだが、自分の出生図の土星にトランジット(現在進行形)の月、天王星がほぼ重なっていた。


牡牛座9度 サビアンシンボル
A Christmas tree decorated.
飾られたクリスマスツリー

スクリーンショット 2020-11-01 21.54.28

*サビアンシンボルとは、ホロスコープの角度1度ごとに与えられた、チャネリングによるシンボリックな表現のこと


松村潔先生の『愛蔵版 サビアン占星術』によると、

この度数の人は、幸福を手に入れるためには人はみな公平であるべきだという偽の平等精神にふりまわされず、まずは自分に必要だと思われるものを確保する姿勢を割り切って実践する力を身につけます。それはエゴの育成ですが、健全なエゴです。

牡牛座は、個人がもつ有限な肉体をじっくりと味わうサイン。私の場合、家をあらわす4ハウスが牡牛座で、そこに苦手意識や試練を表す土星がある。

家や地域、この国で「健全なエゴ」を持つことに対して、苦手意識や嫌悪感がある。自分を大切にしたいのにできないジレンマがある。「自分に必要だと思われるものを確保」できずに、家族や世間の顔色をうかがって勝手に苦労し続けている、と言える。


健全なエゴってなんだろう?


エゴイズムとは利己主義。

『利己的な遺伝子』(リチャード・ドーキンス)という有名な本があった。

相当ざっくり言うと、生物は遺伝子の乗り物でしかなく、遺伝子をつなぐために、個体は利己的な動きをする…という話だったが、そこで思い出したのが、この映画。



この映画の舞台となる農場にいる生物たちは、人間にとって迷惑な動きをする。しかし、その一見利己的な行動を観察し、人間にとって利になるよう捉え方や扱い方を変えると、人間にとって有益(利他的)な行動になる。

つまり、個体が遺伝子の指令に従ってやりたいことをやっているだけで、めぐりめぐって、誰かの役に立っている…ということではないのかな?


母をやらねばならぬ<土星>に、革命<天王星>を

さて、占星術の話に戻り。
ここ数ヶ月、わたしは家の中で革命を起こしている。

いま占星術界隈では、“星を使う”と言われている。

4ハウスの土星に、天王星が接近しているということは、私の家での「ねばならぬ」<土星>に、革命を起こせ<天王星>と、宇宙が言っているよ!ということ。

ならばその流れに乗っちゃえ!というのが、“星を使う”こと。

そこで、
やらねばならぬと信じてやってきたことを、やめ、
やってはならぬと信じてきたことを、やってみることにした。

やらねばならぬと信じてきたのは「料理」。
やってはいけないと信じてきたのは「夫の稼ぎに頼ること」。

この国で「母らしさ」を満たしつつ、男と同等に稼ごうと20年近く試行錯誤してきたのだけれど、その両立は、相当ハードに自分自身を追い込んだ。

子どもはお母さんが笑っているのが一番だという。苦しんでいる母を見て育つと、子ども自身は自分を責めるようになると言われている。

私自身、子どもが働くことの足かせになっているとは思ったつもりはないけれど、家事育児の分担でストレスを抱え、父親を責める母を見続けた子どもたち(特に長男)には心理的に、大きな負担をかけてきたのではないかと思う。

自分の本能を超えて利他的になりすぎると、
遺伝子(我が子)が傷つくのだ。

だったらもう、「母として、ねばならぬ」から解き放たれて、好きなこと、得意なことをやることにした。

私がいま好きなのは、妄想とモフモフと歌うことと庭いじり。具体的にいうと、掃除・洗濯は毎日しつつ、日中は在宅で占星術関連の仕事をし、晩ご飯の準備は料理好きな長男にお任せしている。長男は料理にこだわりがあるし、出来上がるものも美味しいので、適材適所と思っている。ただ、彼の健全なエゴの発動による調理開始と完了をじっと待つ必要があるのが結構つらい(笑)。これもまた牡牛座の土星って感じ。


松村潔先生によると、「9度」という度数には、哲学的意味がこめられているそうで。

家事を手抜きするだけの話なのに、ああだこうだ考え主張し、ようやく実践するめんどくささ。

これこそが牡牛座9度の哲学であり、私の利己的な遺伝子の特性なのである。









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