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2023年は"VTuber音楽大衆化元年"になれるのか

VTuber界隈は現在、もっぱらしぐれういの「粛聖!! ロリ神レクイエム☆」の話で持ち切りである。

無理もない。わずか18日にしてVTuber最速MV1000万回再生を記録し、1ヶ月以上経った今では4800万回を突破している。そのバズはYouTubeだけに留まらず、TikTokなど他プラットフォームでも存在感を発揮。Billboard JAPANのチャート "Top User Generated Songs" や "JAPAN Heatseekers Songs" でもついに一位に躍り出る大躍進を見せている。

9さいに扮したしぐれういが、ロリボイスを遺憾無く発揮しロリコンをひたすら煽るという、内輪ノリもいいとこのこの曲。もともとは2022年5月25日にアルバム『まだ雨はやまない』の1曲として発表され、今年9月10日にMVが公開されてから火がついたという経緯も異例であろう。

本曲がバズったのは、D.wattによるキャッチャーでありつつ二転三転し転調も仕掛けてくる類稀なる電波曲制作センス、まろんによる世間的に許される限界を攻めしぐれうい(9)のキャラクター性を最大限に引き出した作詞、ががめによるスピード感と中毒性があり難しいけど真似したくなるようなダンスアニメーション、そしてしぐれういが放つロリボイスとサムネイルイラストの破壊力があったからであろう。特にTikTokで流行った経緯を鑑みるに、ダンスアニメーションとサムネイルイラストの力は相当大きかったのではないか。ちなみに、本曲の魅力については、KAI-YOUが詳細に分析・解説している。


とはいえ、ここまで数字を大きく伸ばしてこれた背景に、VTuberソングがだんだんと大衆化してきているのでは、と考察したい。

直近の大きなバズで言えば、7月30日に発表された宝鐘マリンの「美少女無罪♡パイレーツ」がすぐに挙げられるだろう。「粛聖!! ロリ神レクイエム☆」が特大バズを引き当てるまでは「美少女無罪♡パイレーツ」の存在感が強く、「粛聖!! ロリ神レクイエム☆」によって塗り替えられるまでは39日でのMV1000万回再生という当時の最速記録を保持していたからだ。Billboardでのチャートにもランクインし、"JAPAN Heatseekers Songs" 最高3位、"TikTok Weekly Top 20" 最高9位を獲得している。

また、去年の年末から今年の年始にかけて起こったピーナッツくんの「刀ピークリスマスのテーマソング2022」のバズも記憶に新しい。

こちらも剣持力也へのラブソング(?)という究極の内輪ネタ曲であるが、そのあまりの気持ち悪さ純愛さが大きな話題を呼び、42日でのMV1000万回再生(もちろん当時VTuber最速)を果たしていた。


もちろんこれらのバズは一過性に過ぎないものではあるが、しかし今年の初めにはVTuberの音楽シーンを揺るがす大きな出来事があったことを頭に入れておかねばならない。

それが、星街すいせいによる「Stellar Stellar」でのYouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」への出演である。当該チャンネルはYOASOBI、LiSA、優里などの名だたるアーティストの「一発撮り」を次々と公開し、DISH//「猫」などの例から分かるように新しいバズの発信地ともなっているなど、現代の音楽シーンにおいて大きな存在感を示している。

その特別な場所において、星街がVTuberとして初めて出演したということは、VTuberの存在をアピールする非常に重大な出来事だったのである。実際、彼女の出演は大きな反響を呼び、「『THE FIRST TAKE』をきっかけにすいちゃんを推し始めた」という人が私の周りでもゾロゾロと出てくるほど、「THE FIRST TAKE」の出演はインパクトのある出来事だったのである。

実際、星街の「THE FIRST TAKE」出演に関わったカバー株式会社のスタッフも、公開後の反響について「VTuberという存在の認知はめちゃめちゃ上がった」と語っている。リアルな一発撮りという環境で行われたからこそ、VTuberという存在やその文化を一般層にまで広げるきっかけとなったのではないか。(ちなみに、当該インタビューでは星街の「THE FIRST TAKE」出演実現の話から技術的な面まで語っているため、一読の価値あり。)

──公開前と、公開後で何か仕事上の変化などはありましたか?
Mさん:自分は楽曲制作チームの人間なので、外部のタレントさんやアーティストさんとお話しする機会が多いのですが、VTuberという存在の認知はめちゃめちゃ上がったなと感じます。
それまでは、VTuber業界や文化自体を知らない方も少なくなかったですが、「THE FIRST TAKE」出演以降は、動画を見ている方がいらっしゃたり、星街すいせいさんの名前を出してくださる方が増えたかなと思います。併せて素晴らしかったですとコメントを頂ける機会も増えました。

星街すいせい「THE FIRST TAKE」出演。実現を支えたチームにインタビュー

もともと若者の間ではかなり浸透してきたVTuber文化であるが、この「THE FIRST TAKE」への星街の出演があったからこそ、その後の「美少女無罪♡パイレーツ」や「粛聖!! ロリ神レクイエム☆」などへの反応も「あ!宝鐘マリンさんやしぐれういさんってVTuberなのね!知ってるよ!」という感じで、VTuber文化への認知の変化があったからこそ、楽曲が普及しやすくなっていた面があるのかもしれない。


ここで、2022年以前のVTuber界隈のヒット曲について語っておこう。

VTuber単独での最大のヒット曲として今現在まで挙げられていたのは、理芽の「食虫植物」だろう。2020年1月3日にMVが公開されている「食虫植物」であるが、この曲もバズの発進地はTikTokであったと記憶している。現在、MVは4400万回再生を記録しており、「粛聖!! ロリ神レクイエム」に抜かれるまでは1位の立ち位置を有していた。しかしながら、このMVはキャラクター性を廃したシュールなアニメーション映像で構成されており、2023年に流行ったキャラクター性を前面に押し出したようなMVとは一線を画している。


VTuberのオリジナル曲ではなく、出演曲という点で考えれば、MAISONdesトウキョウ・シャンディ・ランデヴ (feat. 花譜 & ツミキ」が最も流行った曲であると言えるだろう。テレビアニメ『うる星やつら』エンディングテーマとして起用された本曲は、そのキャッチャーでリズミカルな音楽性から多くの反響を呼び、やがてニコニコ動画にてMADの素材として使用されるまでに人気となった。MV再生回数は5300万回を超え、ストリーミングでは累計再生回数1億回を突破するなど、数字としても素晴らしい記録を打ち立てている。

これも華々しい記録ではあるが、出演曲としての性質上、花譜のキャラクター性はそこにはない。むしろ、『うる星やつら』の主人公ラムのキャラクター性とチョッパーのキャラクター性が大きく反映されている。言うなれば、昔からあるアニソンのキャラクターソングの系譜を引いていると見ることができるだろう。


最後に紹介するのは、VTuberかどうか議論が分かれる方による曲、だけれどもめっちゃバズっていた曲の例である。P丸様。が2021年に出した曲「シル・ヴ・プレジデント」は、これまたTikTokを中心として大きな大きなムーブメントを起こし、Billboardにて単独記事として取り上げられるほどの注目を浴びた。

P丸様。は、YouTubeにてショートアニメを投稿して注目を集め、YouTubeのチャンネル登録者数は280万人以上という、稀代の売れっ子だ。かつては輝夜月の"中の人"を務めていたという経歴も明かしており、自身のアバターもしっかり持っていることから、彼女は「VTuberかVTuberでないか」という話題で議論を巻き起こしがちな人物でもある。しかしながら、自身のアバターがアニメーションとしてダンスを踊り、それをきっかけとしてTikTokで「踊ってみた」が流行るという一連の流れは、「刀ピークリスマスのテーマソング2022」や「美少女無罪♡パイレーツ」、「粛聖!! ロリ神レクイエム☆」などでも起こった同様のムーブメントであると言えるだろう。


このように、2023年のVTuber界隈では、より「キャラクター性」と「ダンス」という点が評価され、VTuber曲が流行ったと言えるのではないだろうか。一昔前であれば「食虫植物」のように曲単体でも曲が評価されていたが、現在では曲とキャラクターが密接に結びついた形でコンテンツとして消化されるという形でのバズが多くなったように思う。これは、「VTuber」という文化それ自体が2、3年前よりも広く浸透し、「これはVTuberの曲だ」ということを隠さなくても曲が聴かれるようになった証左と言えるのではないだろうか。

今年はアニメや企業とのタイアップ曲が多くなった印象がある。「あのVTuberがアニメのオープニング曲を担当するってよ!」と聴いたとき、3年前では「マジかよ!?すげーーー!!!」という反応をしていたが、今では「おっまたか…!実力をつけてきたな…!」と思うくらい、VTuber曲がタイアップするのが当たり前な世の中になってきている。もちろん一般の音楽シーンも拡大する一方であり、そこに食い込み続けるのは至難の技であるが、お茶の間でVTuberという存在が当たり前になり、VTuber音楽が当たり前に聴かれる時代は、すぐそこにあるのかもしれない。

最後に、今年のVTuber音楽の普及に一役買っているであろう、ラジオ番組を紹介したい。星街すいせいがフリーアナウンサーの内田敦子とともにVTuber音楽の魅力を紹介する番組、NHK-FM『ぶいあーる!〜VTuberの音楽Radio〜』である。毎週、さまざまなVtuberをゲストとして呼びながら、VTuber音楽を8曲ほど紹介していくこの番組からは、星街がVTuber音楽の第一人者としての自覚を持ちながら、この不思議で楽しいVTuberの世界をもっともっと世間に届けたいという矜持が感じられる。今年の彼女の功績が認められ、今年のNHK紅白歌合戦に星街が出演することを祈願して、この文章を締めたいと思う。


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