「地下鉄で」*短編小説*
四十年勤めた会社を定年退職した。
「おめでとうございます」
なんて同じ課の部下たち数人に言われて、形だけの花束をもらい、立ち上がって拍手をされたが、数秒後には皆席に戻り何事もなかったかのように仕事をすすめ、以降誰も見向きもしなかった。
(なにもめでたいことはない。)
デスクを簡単に片付け、目立たぬように席を立ち、定時に退社した。
まっすぐ家に帰る気にもなれず、先に退職したAと、退職祝い会と称し馴染みの飲み屋で待ち合わせた。
Aは妻の実家の家業を継いで、小さな商いをしている。子ども達は皆独立し、これからはのんびり趣味を楽しみながら小遣い程度に仕事はさせてもらうそうだ。
比べて俺は、離婚に向けて協議中で別居中。ついつい深酒をしてしまい
「もう一軒行こう!」とAをむりやり梯子酒につきあわせた。
「もうこの辺にしよう」3軒目でAに止められ
「なんだよ、どうせ俺は帰っても誰も待ってやしないし、お前は明日定休日なんだろ」
「何言ってるんだ。お前は独りなんだし、ちゃんと自分の足で帰れるうちに帰れ」
そう促されて駅まで送ってもらった。
地下鉄の階段を降りるとすぐに、下り電車が入ってきた。終電でもないのになぜか間に合うように早足になり、発車ベルが鳴る中車両に乗り込んだ。
金曜の夜だというのに意外と空いている。開いている席に寛いだ体制で座った。自宅のある最寄り駅までの道のりは長く、10駅もある。各駅ごとに客は減り、オレンジ色の長椅子の両端に自分ともう一人、車両には2人だけになった。酔いもまわって俺はうとうとしはじめた。乗り過ごさないようにしなければ・・・と思いつつ眠りにおちていった。
ふと目が覚めると、となりにペンギンがいた。
目をこすり見直すが、やっぱりペンギンだ。俺がその姿をじろじろと見ていると、ペンギンは顔だけゆっくりとこちらを向いた。
俺は、高階紀一作「地下鉄で」という詩を思い出した。
めがさめると
となりにぺんぎんがいた
こちらをむいて
わらっているのでたぶん
ぼくは
へんなことでも言っていたのかも
しれない
ぼくは
どこでおりたらいいんでしょう
俺もどこでおりたらいいのだろう・・・。
ペンギンに尋ねてみたが、ただじっとこちらを見つめるだけで、ペンギンは何も答えてはくれなかった。
©2022犬のしっぽヤモリの手
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~詩から小説を書く~
この記事に投稿しました私の超短編小説「地下鉄で」は、「2週間で小説を書く(幻冬舎新書)」の中の「実践練習第2日:断片から書く」という練習で書いてみた小説です。
引用した詩は、高階紀一作「地下鉄で」
東京新聞に掲載されていたお気に入りの詩の一節です。全文は、詩集「いつか別れの日のために」に収録されています。
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