くもりぞらのジュレ。
「たると」というのは不思議な名前だろうか?
彼女の名前は「渡辺たると」という。
本人至っての希望や意思に従ってつけられた名前ではない。
それはまだ彼女が母親のお腹の中にいた時に、彼女の母親がそれまでは無関心だったタルトケーキを欲し、それがないとどうにかなってしまう。といったどこから湧き出ていたのか分からない強い欲望を体験したことから、
「きっとこのお腹の子はタルトケーキの妖精なのよ。」
彼女の母親はそう信じ込んで疑わなかった。
そして彼女の母親は四六時中、誰それ構わずタルトケーキの妖精について話し回った。結果、タルトは彼女の名前となった。
彼女の母親は詩人だった。
そんな経緯からか、たるとは小さな頃からお菓子屋に行くのが好きだった。
年頃になり周りの女の子たちが靴や洋服、化粧品の買い物を楽しむ中、たるとは年頃になっても変わらず、靴や洋服や化粧品を買いに行くよりも、お菓子屋に行くことが好きだった。それは彼女にとって自然なことだった。
たるとは、お菓子ならなんでも好んだが、その名前のせいか洋菓子を特に好んだ。
唯一食べることを敬遠しているのは、自分の名前のルーツになったタルトケーキだ。
「なんだか、共喰いみたい。」
たるとはそう思っていた。
学校を卒業し、会社に勤め始めると残業のない日の帰り道には必ずお菓子屋に寄った。
残業のあった日には歯ぎしりをしながら、コンビニのデザートコーナーをはしごした。
「そんなにお菓子が好きならば、お菓子屋になればいいのに。」
周りの人々は皆、口を揃えて言った。
けれど、たるとは頑なにそれを拒んだ。
たるとにとってお菓子は、時に哲学であり、また音楽であり、狂気であり、詩だった。
そんな存在を仕事にするなんて、自分にはできないと思った。
たるとは、今日もお菓子を口に入れる。
洋梨のジュレには風の歌が、
苺のミルフィーユには狂気が、
レアチーズケーキには静寂が、
ザッハトルテには苦言が、
マカロンにはお喋りが、
今日もたるとには聞こえる。
Y△MiY△Mi
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