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障害者で成功している人から感じる狂気

結論:成功している立場の人はその状況の到達できたのは当然の結果だと考えている

理士、PSWといった専門職ではありません。私の理解、解釈が間違っている点は多分にあるとおもいます。
障害者雇用の現場に15年働いている経験からこの記事を書いています。
よかったら、好き、フォロー、コメントなどしていただけると励みになります。よろしくお願いいたします。今回は狂気の先に成功があるについて書いていきたいと思います。

1.ある発達障害の方との出会い

とあるSNSで知り合った方なのですが、発達障害でADHDの診断を下された方と出会いました。その方は特段なにか士業の方ではないのですが、とある有名な企業で発達障害をオープンにして働き、一般的な日本企業でいうところの課長級の役職をもっている40代の方でした。私は発達障害に限らず、どうすれば障害者はあなたのようにキャリアを築いていけるんだろうかと尋ねたら単にこういわれました。

ただ与えられた仕事で結果を出せばいい。もし、自分が認められていないと感じるなら、それは自分で思っている結果が合格点に達していないだけだ。

2.覇気

話を聞く前から出会った瞬間からこの人はヤバイと脳が感じていました。私は心霊現象やスピリチュアルな話は自分が全く分からない人間なんですが、何か見えるというより感じるんです。私はそれを覇気だと思っています。人によってはそれを狂気と呼ぶのかもしれません。話を聞いていくと本当にヤバイ人だと思いました。
障害で差別されて当然。忌避されて当然。何度も同じ間違いをして、怒られて当然。その逆境の中、くらいついて仕事をしていって当然。結果がでるまで苦しんで当然。自分が到達した結果が障害が理由で認められなくて当然。そういった苦悩で頭がおかしくなって当然。その中で結果を出し続けて当然。だから私は今の地位にいて当然。
私は正気の沙汰じゃないと思いました。

3.そんなことは誰にでもできることじゃない

私は聞きました。すいません、そんなことは誰でもできることじゃないと思いますがどうしてあなたはできているのですかと尋ねました。その方はシンプルにこう言いました。
なぜ、誰でも出来ることを出来る範囲でやって、人より成功できるとどうして考えれるんだ。
私はそりゃそうですよね、としか言えませんでした。私は違う視点から話を聞いてみることにしました。私は成功は他人の評価からでしか感じられないと思うのですがあなたが成功したことは運がよかったというのはどのくらいありますかと尋ねました。

4.サイコロの話

例えばサイコロで6が出たら成功だとすると、1回で出せる人もいるけど、1万回ふっても出ない人もいると思う。私はでなくても1万回でも10万回でもふり続けたと思う。障害者に限らず多くの方がそこまでやってられないと思って6回振って出なかったら、サイコロが悪い、環境が悪い、制度がわるい、ルールが悪い、親が悪い、障害が悪い、っていうと思う。だから成功できない。

5.障害者に感じていること

私は多くの障害者は環境が悪い、法律が悪いと感じていて、自分は精一杯努力していると思うのですが、それは何でだと思いますかと尋ねました。その方は2つ問題があると思うといわれました

1.親が過保護で社会性を身に着けていない
2.自分の失敗体験をすべて他人のせいにしている

6.親の過保護

親が過保護なんですかと尋ねると、その方はある障害者雇用の面接会に行ったときに、親がついてきていて親同伴で面接を受けることもあったといわれました。また、逆に現在は幼少期から発達障害、精神障害のキャッチアップが進んでいることもあって、そこまで重度の障害でなくても仲良し学級に親が入れたり、特別支援学校に入れているケースもある。また、家庭環境においても、自分の子供に障害があるという理由で家の仕事を手伝わせないことも多い。不登校になっても無理やり学校に行かせるようなケースも減った。いい面もあるけど、幼少期から大学卒業までの20年間くらいの社会経験の差は大人が20年学んでつくのは難しいかもしれない。という話を聞きました。
その方はそれに若い時に鬱になるくらい仕事をしていたときに気づいてどうやら自分は親に大事そだてられた来たようだとカウンセラーから気づかせてもらったという話をされていました。鬱が酷くなる手前まできついもう辞めたいと思っても、仕事は休んでもやめなかったのが良かったという話をされてました。

7.自分の失敗体験をすべて他人のせいにしている

自分にできることには限りがある。学校や会社や国の仕組みがそもそも自分にあってないこともある。でも、転校や転職た移住が簡単にできるもんでもないと感じている。結果を出すためには、自力で出来ること、他人が必要なことは4つに分類できる。自分だけの努力で大丈夫なもの。自分の力と他人の力の協力したらできること。自分の力がいらなくて、他人の力だけでが必要なもの。自分の力も他人の協力があってもできないこと。

自分マトリックス

もし、学校や会社や国の仕組みが自力だけで変えられないのであれば、自分の力、努力だけで出来ることを最大限頑張ったほうがいいし、自分でも他人でもできないことに努力はしても意味がない。自分の努力だけで解決できる問題は最大限努力をしたほうがいい。

8.ただ

酷い鬱のときは努力をするよりいったん休んだほうがいいと思う。自力でなにもできないときは他人の力を借りたほうがいい。家族、友人、知人、病院、なんでもいい。自力の最後を振り絞って、誰か助けてくださいと叫ばないといけないことはある。それができずに死んでしまう人もいる。でもそれは本当に最後だけにしたほうがいい。狼が来た時に誰も信じてくれなくなる。

結論:成功している立場の人はその状況の到達できたのは当然の結果だと考えている

成功で来ている人は障害で差別されて当然。忌避されて当然。何度も同じ間違いをして、怒られて当然。その逆境の中、くらいついて仕事をしていって当然。結果がでるまで苦しんで当然。自分が到達した結果が障害が理由で認められなくて当然。そういった苦悩で頭がおかしくなって当然。その中で結果を出し続けて当然。だから私は今の地位にいて当然。
と思うだけの努力をしてきて到達できている。
その努力は自分の努力だけで完結できること、他人の力が必要ないことに一点突破で努力をしている。

それは私には狂気に感じました。

あとがき

私がその方を見た瞬間、ヤバイと脳が感じた。あれは覇気だと思う。昔、P&Gで働いていたとき、当時のアジアで一番偉い桐山さんという日本人の方でした。当時のP&Gはアジアヘッドクォーターで社長をしたら、次は本体の社長になるような出世街道がありました。そこにアジア国籍初、セールス出身者初でなりました。その方の社内講演で見た時、目があったら死ぬかもしれないくらいの覇気を感じました。覇気というより、グローバル企業のリーダーになる人って私がこの地位にいるのは当然と思えるような常人には考えられないような困難な状況の中で、血の滲むような努力をしてきて、結果をだしてきた人間だけがたどり着けるような境地があるのかもしれないと思いました。
私は障害者雇用の中で15年くらい働いてき、現在Amazonの正社員になれたのは自力でつかみ取って当然というより、運が良かった面のほうが大きいです。いつか私も、現在の自分の地位があるのは自分の努力の結果で当然
といえる境地にたどり着きたい。その努力が誰もが嫌がるような泥をすすり、血をはき、発狂しそうになりながら、泣きながら、鼻水を垂らしながら努力していきたいと思いました。

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