![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/109489949/rectangle_large_type_2_b7e00e19973ed8bd8ffa9d2caa88a8a7.jpeg?width=800)
【秋葉原アンダーグラウンド】第2章 20話
子供たちが生まれてから2年が経った。リンは毎日、自宅で子供たちの面倒をみる役割を担うようになった。母親は治験のある日はラボにこもり、一日おきにしか子供たちには会えない。
リンの抜けた穴は、イジュンが任されることになった。初めは取っつきにくいと思っていたが、話しているうちにシンと似たような思考の持ち主であることがわかってきた。
「なんでこのオレがこんなことを。」
時折イジュンは愚痴ってみせる。それもそのはず、4年前にラボを離れた際、同時に会社を立ち上げていたからである。地下世界の経済維持に努める、いわば知事のような存在だ。いや、ここは地上ではないから知事ではなく、地事と言ったほうが的確かもしれない。
イジュンがラボに出入りするようになってから、ロンも出入りすることが多くなっていた。これまでのデータはすべてロンへ流し、それをロンが地上のアボやアキモトへと流していた。当然その通信網にはロンお手製のトラップが何重にも仕掛けられており、凄腕のハッカーと言えど傍受することなど不可能であった。
「オレが直接報告書を作成し送ったほうが速い。」
もちろん、シンとワンで誤りがないか確認はする。信用していない訳ではなかったが、これまでの報告書はシン、ワン、リン、サラの4人が確認し、改ざんできないように暗号化しロンに送っていた。その名残だ。
格段に作業効率が上がり、サラは治験日でも帰宅できるようになっていた。
「ところでシン。サラくんの今の状態はどうなんだ?」
「どうもこうもない。これまで報告書に書いてあった通りだ。4年前となんら変わりない。」
「それはよかった。もし何かあったとすれば、アボやアキモトは許してくれないだろうからな。」
「やつらがサラに何かしたら、オレは平気で法を犯すぞ。」
シン!ワンは物騒なことを言うな、とシンをなだめる。すまない、とだけシンは返した。
その後も、サラの体調に変化はなかった。長くは生きられない。4年前そう言ってはいたが、子を持つ母親は強い。彼女を生き長らえさせているのは、それが大きな理由なのかもしれない。
だが、事態は急に起きた。体調が悪いとラボに来れない日が出てきた。シンとワンは検査をしてみたが、どこも悪いところは見られなかった。
「おかしいな。」
「シン、なんもおかしくないって!サラさんも一人の母親だろ?子供と一緒にいたいって、そう思うのが普通じゃないのか?」
「確かにそう思う気持ちはわかる。オレだってそばにいてやりたいからな。ただ・・・」
リンに確認するとサラはラボに来れない日、自室で眠っているだけのようだった。しかも食事も取らずに、ただひたすら眠っているだけだと言う。子供たちが部屋に入るとなんとか起き上がって遊んではいるようだが、いなくなるとすぐにまた眠ってしまう。
「うーん。でもなぁ・・・精神的な異常も見られないんだぜ?」
「オレも初めはそれを疑った。いわゆる躁うつ状態ってやつだ。だがリンに眠っている状態の彼女を検査してもらったが、普通の睡眠状態と変わらないって言うんだ。」
特段疲れている様子もない。疲れていれば脳波にサインが出る。確かに彼女の体は普通の体ではない。これまで何百、何千もの人間の細胞を取り込んできたのだから。
「ここにきて細胞が拒絶しているんじゃないのか?」
イジュンはそう言うと、例の神話をもとに、ついに神の怒りを買ったのでは?と付け足した。
「神の怒り・・・か。」
思えば初めから神の領域に足を踏み入れていた。ずっと彼女に甘え、治療を続けてきた。そろそろ罰を受けてもおかしくない。
そんなことを考えていたとき、急にラボの扉が開いた。
「こんにちは。あれ?みなさん今日はお休みの日ですよ?4人全員揃って何を話していたんですか?」
サラだった。体調はいいのか?とシンが聞くと、はいっ、おかげさまでぴんぴんしています♪と言った。
「起きたら2人ともいなくて、もしかしたらと思って来てみたら案の定ってやつですね。ダメですよ、仕事ばかりしちゃ。そんなんじゃあの子たちに顔忘れられちゃいますよ?」
サラがそう言うと、今度は扉の向こうから双子の女の子と手を繋いだリンが現れた。
「おいリンくん!ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!!」
イジュンがそう言うと、
「だーれのおかげで皆元気に生まれ変わってるんだい!?この子たちの母ちゃんのおかげだろ?だったらこの子たちだってもう立派な関係者さ!」
ねー、と子供たちに言うと、子供たちは嬉しそうに、ねー、とリンの真似をした。それを見たイジュンには何も言い返すことができなかった。
「その子たちが君たちの2人の子か?その子たちも母親のような力が眠っているのかな?」
「ロン、口を慎めよ。それ以上言ったら・・・」
「シンさん!子供たちの前ですよ!!」
シンは何も言えないでいた。やはり子を持った母は強い。双子の姉妹は、なにー?とリンに聞き、リンは大人のお話、とだけ伝えた。
4年ぶりの6人の再会。仕事の話より、プライベートの話のほうが多かった。特にイジュンは社長なの?いくらもらってるの?苦手な若手っている?といった質問攻めにあい、だからオレにはこんなことしている余裕はないんだ!と打ち切った。
突然、サラが眠いと言い出した。無理もない。久しぶりに皆で会話したんだ。疲れるに決まっている。「あっちの仮眠室で寝ていな?今日は一緒に帰ろう」シンがそう言うと、リンは子供たちとサラを連れて出て行った。
リンは子供たちを連れて戻ってきた。子供たちはラボ内を走り回り、ワンも一緒になって遊んだ。ワンはいい父親になるだろう。
「施設の患者をみてくる。」
ロンはそう言うと部屋を出た。サラによる治療が行えない重症患者たちは、仮入院をして各自検査を行ってもらっている。検査は分担して行われていた。ロンが本日の当番である。
一人の患者のMRIを行っている途中、ロンはサラの眠る仮眠室の様子を見に来た。
「やっとこの日が来たか。」
ロンは笑いを堪えながら部屋を覗く。
「君が常に眠い状態であるのは、冬眠に近い状態であると考えている。たっぷりとエサを食べていたわけだからな。来るその日に向けて準備をしているという訳だ。」
ロンは来るその日と言ったが、それが一体何を意味しているのか・・・
ロンは振り返り、先の患者の元へと戻っていった。
そしてサラは今日、目を覚ますことはなかった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?