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【ネタバレ注意】ドラマ『あなた犯人じゃありません』の感想など

テレビ東京『青春高校3年C組』の生徒達が自分の名前をそのまま役名に演じるドラマ『あなた犯人じゃありません』が昨夜最終回を迎えた。1話30分の全8話。何だかあっという間で、正直もっと観ていたい気持ちがあった。青春高校をずっと追ってきた者としては生徒達の演技が観られるという楽しみもあるし、ストーリーもとても面白かった。自分がこのドラマを観た感想、個人的な解釈などをかなり長ったらしいけどまとめておきたいと思う。
(※以下、ドラマの内容に触れていてネタバレになるので、ご注意ください)



タイトルの通り、このドラマはミステリーとしては少し変わった形を取っている。多くの場合ミステリードラマにおいては、殺人事件の真相を刑事なり探偵なりが解き明かしていく中で犯人は「自分が犯人でない事」を示す為にあらゆるトリックを駆使する。しかしこのドラマにおいては各話毎に生徒が「殺したのは私です」と名乗り出て、トリックによって「自分が犯人である事」を示そうとする。そしてそのトリックを暴き名乗り出た生徒が犯人でない事を証明していくのが、クイズ好きの日比野ちゃんである。クイズ用のオモチャをブッブーと鳴らし、ドラマタイトルにもなっている「あなた犯人じゃありません」という決め台詞を言い放つ。

私は極端にカンが悪く鈍いので、ミステリードラマにしても小説にしても大抵伏線に気付かないし最後まで真相に気付かない。そのおかげで毎度新鮮に驚けるのである意味めちゃくちゃ楽しめる体質な訳だが、今回のドラマにおいてもタイトルにまんまと騙されていたなと思う。
「あなた犯人じゃありません」とひとりまたひとりと犯人でない事が証明されていく。やってもいない殺人の罪を態々被る意図は?という疑問は先ず浮かぶものの、私は無意識の内に「必ず他に誰か真犯人がいる」と思い込んでいた。最終回は泉先生を殺した犯人とその動機が明らかになるのだとばかり思っていたのだ。更に先述した生徒達が罪を被る意図に関しては途中から挟まれる生徒達の不穏な動きや表情によって自然と「全員で結託して真犯人を庇っている」という考えに至る。そうなると登場している人間を考えると犯人は生徒の誰かという事になる。
7話で隠されていた過去が明らかになり始めると、今度は謎を解いていた日比野ちゃんこそが犯人なのでは?という流れになる。
最終話は過去の回想から始まり、何があったのか真実が明らかになっていく。泉先生と日比野ちゃんの関係性が明らかになるにつれ、「ひょっとして(精神的な)正当防衛の殺人だったのでは…?」という考えが頭を過った。その場合、泉先生の死因は毒物による中毒死だったので咄嗟に殺してしまったと言うよりは、追い詰められた日比野ちゃんが隙を見て毒物を入手し泉先生に飲ませたという事になるだろうか、とか。(あと、もしかして日比野ちゃんの母親が犯人?とも考えたりもした)
しかし真実はもっと壮絶だった。
泉先生は自ら毒を飲んだ。日比野ちゃんとの愛を一方的に永遠にする為に。
各話毎に犯人と名乗り出た生徒の口から語られる泉先生の人物像はその度に揺らぎ、どれが本当なのか分からなかった。時に生徒と友人同士のように親密で時に姉のように頼もしく、時に自分の正義に頑なでヒステリック。それも当然だ。名乗り出た生徒は誰も犯人ではなかったのだから。生徒達の嘘はしかし、ある意味ではどれも本当の泉先生であったのかもしれない。

泉先生を殺した「犯人」などいなかった。
先述したように私は「あなた犯人じゃありません」というタイトルと日比野ちゃんの決め台詞によって、「あなた」以外に犯人がいると思い込んでいた。最後には犯人として指される「あなた」が存在するのだと。しかし真実は泉先生を手に掛けた人間など誰ひとりとして存在せず、生徒達が嘘の自白と証言により守ろうとしていたのは、泉先生を死に追いやったのは自分だと罪の意識に囚われた日比野ちゃんだった。そしてその筋書きを書いたのは親友の西村ちゃんだった。
泉先生と親しくなり、彼女の影響を強く受けて変わってゆく日比野ちゃんを見詰める西村ちゃんの眼差しは酷く切なかった。「相手が誰でも、ちゃんと笑っていて欲しい」という西村ちゃんの言葉は真に日比野ちゃんのことを思うからこその言葉であると同時に、その相手が自分ではないことの悲しさも滲ませているように思う。西村ちゃんの日比野ちゃんへの感情が深い友情のみなのか、恋愛感情も含んでいるのか実際の設定は分からないが個人的にはどちらも含んでいるように感じた。そうでなければ、日比野ちゃんの忘却を何としても守り抜こうとし、自ら遺体に刃を突き立てるなどという事が出来るだろうか。自らが逮捕される事まで覚悟して。

そして、泉先生と日比野ちゃんの間にあったのは本当の愛であったか、という事も考えた。回想シーンを観るに、日比野ちゃんは自信の無い自分に方向を示し変えてくれる大人の女性である泉先生に魅せられ、泉先生もまた日比野ちゃんが自分の思う通り変わってゆく事に愉悦を覚えているように感じられる。エスカレートしてゆく泉先生の日比野ちゃんへの盲目的な愛と執着は見ていて怖い。西村ちゃんの日比野ちゃんへの思いとは対照的である。
しかしただ単に支配/被支配の関係や共依存的な関係であったかどうかは分からない。日比野ちゃんにとって泉先生との関係においても確かに楽しいかけがえの無い時間もあったかもしれない。
これは勝手な想像だが、泉先生があの歪んだ愛情を抱くに至るには何か生い立ちや過去の経験が関わっているのかもしれない。そして日比野ちゃんにはそれを共有していたとしてもおかしくはない。だからこそ日比野ちゃんは泉先生の死に対し責任や罪悪感をより強く感じたのかもしれない。
そもそも真実の愛かどうかなんて、そう簡単には断言出来ないのだろうと思う。時には愛情も同情も憧憬も嫉妬も独占欲も憎しみも、あらゆる感情が複雑に絡み合っているのだろうから。
ただ、日比野ちゃんの方は恐らく信頼や憧れを愛にすり替えられていたような気がする。だから泉先生の口付けを拒んだし、西村ちゃんの存在と言葉によって盲目的な愛情から醒めたのではないか。

「あなた犯人じゃありません」と日比野ちゃんが名乗り出る生徒達に言い続けてきた言葉が最後には五島刑事から日比野ちゃん本人に告げられる。そして西村ちゃんや友人たちから思い思いに言葉が投げかけられる。日比野ちゃんに冷たく当たっていた生徒達の言動が全て日比野ちゃんを守る為のものだったと思うと泣けてくる。「あなた犯人じゃありません」というタイトルは最終的には犯人はいない事を示す言葉となり、そして罪の意識に苛まれる日比野ちゃんを解き放つ為の言葉となる。
誰も警察に真相を話す者が居なかった事や、五島刑事が独断で事件を迷宮入りにした事などは勿論現実的に考えると有り得ないが、そういうリアリティは他のミステリードラマに任せておけばいい。これは青春高校のミステリードラマなのだから。

最終話までを観ると、主題歌の「自分のことがわからない」も効いてくる。安直に読み解けば日比野ちゃんの事を歌っているように感じるけれど、自分の中に自分でも理解していない部分が存在しているのは実は誰しもそうなのではないだろうか。
日比野ちゃんの愛を得られないのを悟って死で以て自己完結させてしまった泉先生も、どうしてそこまで狂気的な愛に走ってしまったのか自分でも分かっていなかったかもしれない。日比野ちゃんも自分の事が分からないからこそ、泉先生との関係に飲み込まれていったのかもしれない。
そう言えば犯人と名乗り出ていた生徒達の証言は何処までが西村ちゃんによる筋書きで何処までが彼らの素の部分だったのだろうとふと思った。彼らにもまた、それぞれ分かっている自分と分かっていない自分とが内在しているのかもしれない。勿論彼らの行動は全て日比野ちゃんを守る為の、そして西村ちゃんの強い意思に応えた紛れも無い友情からくるものだった事だけは間違い無い。
真実が分かった上で、また1話から観返してみたいなと思う。違う視点で観られるし、初見では気付かなかった伏線や散りばめられた小ネタに着目したらまた楽しめそうだ。

色んなどんでん返しがあるドラマだったけど、一番のどんでん返しは飄々とタピオカミルクティーを啜っていた西村ちゃんが実は最も重要な真実を握っている人物だった事かな。そう言えば、日比野ちゃんが甲殻類アレルギーだって知ってたのも仲が良かったからなんだよね…。いかん、また泣けてくる。

あと、三四郎ファンとしては相田先生を流那くんにしてくれて本当にありがとうございました、っていう…。頓知気ちゃんの鼻血には共感しか無い。(←急に痛い事を言うなよ)

ドラマが終わってしまった事も、そしてもうすぐ青春高校が終わってしまう事も本当に寂しい。考えても仕方無いとは分かっていても、「こんなご時世になりさえしなければ…」と何度でも思ってしまう。けれど一時は撮影が中断してしまったりと大変だったであろうこのドラマを無事に観られて本当に良かった。生徒の皆さんのキャラがちゃんと活かされつつミステリードラマとしてもドキドキして本当に面白かったし、青春高校のコンセプトそのもののドラマだったと思う。
生徒の皆さん、スタッフさんや携わった皆さん、本当にお疲れ様でした。素敵なドラマをありがとうございました。

ドラマの中の生徒達にも、そして青春高校3年C組を巣立った生徒の皆さんにも、どうかこの先幸多からん事を。

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