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God only knows (what I'd be without you)

先日、映画『ブライアン・ウィルソン/約束の旅路』を観た。


ブライアン・ウィルソンという、とてつもなく巨大な才能を持つアーティストの今に密着、その素顔を伝えるこのドキュメンタリー作品には、長年彼が抱えてきた深い孤独と悲しみ、そしてその先にある喜びがしっかり映し出されていた。

60年代のビーチ・ボーイズでの成功、その後の長い"失われた歳月”を経て、ソロとして奇跡の復活を果たすその波乱に満ちた半生は、改めてここでもクローズ・アップされるが、今年80才になった現在も精力的にツアーや創作活動を続けるブライアン・ウィルソンの姿を見ることができるのは、実に幸せなことだと思った。

特に印象に残ったのが、彼が先にこの世を去ったふたりの弟に想いを馳せる場面で、後半部で再度フィーチャーされるビーチ・ボーイズ時代不朽の名曲 ”神のみぞ知る"では、「彼を思うと悲しくなるが、心が安らぐ曲だ」と話しているように、同曲のリード・ヴォーカルで1998年に亡くなった弟カール・ウィルソンへの思慕の念を強く感じた。

そして、ここで自分が思い起こしていたのが(いつもながら恐縮だが)、デヴィッド・ボウイと彼による同曲のカヴァー・ヴァージョンなのだった。

1984年発表のアルバム『トゥナイト』に収録のボウイ版 ”神のみぞ知る”(God Only Knows)は、タイトルや歌詞に「神」が言及されるこの楽曲に相応しい敬虔さを感じさせるものの、バリトン・ボイスで歌われるボウイのヴォーカルのせいもあってか、正直評判は良くない。


しかし、作者のブライアン・ウィルソンは、2016年1月10日のボウイ逝去時に自身のSNSで追悼コメントを発表、その際「デヴィッドが"God Only Knows"をレコーディングした時は光栄だった」と記しており(Facebook)、またこのナンバーの共作者/作詞家のトニー・アッシャーも(同曲収録の1966年アルバム)『ペット・サウンズ』関連のカバー曲中、このボウイのヴァージョンをフェイヴァリットに挙げているそうだ。

アルバム『トゥナイト』にさかのぼるおよそ10年前の1973年、ボウイは当時自身のバック・コーラスに起用していた(アヴァ・チェリーらによる)アストロネッツのアルバムを制作。そこで彼らもこの"God Only Knows"をカバーしているが、アレンジを手掛けたのがトニー・ヴィスコンティというのが面白い。
1995年になって日の目を見たその音源を聴くと、(冒頭やヴァース後のフレーズ等)のちのボウイ・ヴァージョンの下敷きになっているのがわかる。


では、なぜボウイはこの時期(1984年)になって、自身でこの曲をリメイクする気になったのだろう。

当時のインタビューでは1973年のカバー曲集『ピンナップス』を引き合いに出し、自作曲が少ないことから「やってみたかったカバーに挑戦するチャンスをくれた」と語っているが、それだけの理由なのだろうか。


個人的には、このボウイ版 ”God Only Knows” は、彼がアルバム発表の翌年(1985年)に亡くなった異父兄、テリーへ秘かに宛てたものだと思っている。

ボウイのヴァージョンは、ビーチ・ボーイズの原曲にあるヴァース1(Aメロ)と2(Bメロ)の歌詞を入れ替えており、”If you should ever leave me”との歌い出しから始まるのだが、それによって、図らずもこの楽曲の奥底に元来潜む、大切な人、愛しい人を失ってしまうかもしれない、という”不安”や”おそれ”といった感情を表出させているように思える。

それはオリジナル作者が、アルバム『ペット・サウンズ』一枚費やして最後に描き出す「喪失」(”キャロライン・ノー”)というテーマにも行き着くが、当時ボウイは、まもなく訪れる兄との永遠の別れを心のどこかで覚悟していたのではないか。

そして、次のライン "My life would still go on, believe me ”も、ボウイは原曲にある接続詞"Though"を用いず、”My life ”と所有格で歌っており(ちなみに前出アストロネッツのヴァージョンでは”Your life”となっている)、明らかにボウイは自身のヴァージョンにオリジナルとは別の”人生”を与えている。

こうした文脈で歌われる“God only knows what I’d be without you”(“あなたがいないと僕はどうなるか、神にしかわからない”)というフレーズを他に、どう解釈すればよいのだろう。

一度、ここで歌われる ”You” を「兄さん」と置き換えてみてほしい。

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至高の美しさを持つビーチ・ボーイズのオリジナルには到底かなわないにしても、
自分はこのボウイ版 "God Only Knows"をずっと心の中に留めておきたい。


(参考文献)
・Nicholas Pegg  "The Complete David Bowie"
・ブライアン・ウィルソン著、松永良平訳
     『ブライアン・ウィルソン自伝   I am Brian Wilson 』
・ジム・フジーリ著、村上春樹訳『ペット・サウンズ』



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