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左巻健男『怖くて眠れなくなる元素』PHP

著者もあとがきに書いているが、金属ナトリウムの実験は、とても刺激的である。アルコールの中から取り出し、水をたらすだけで発火する。実験は本当におもしろい。化学のおもしろさを広めている著者によるシーリーズ本である。

書名に「怖くて眠れなくなる」とついているように、楽しくおもしろいと言うより、過去および将来の問題を取り上げて考えさせる内容である。

炭素「C」では、パロマ工業の瞬間湯沸かし器が原因の一酸化中毒事件を取り上げている。1985年~2006年のおよそ20年間に、湯沸かし器の不正改造により、死者21人、重軽傷者19人が出た。

不正改造が真因であることがわかるまで、時間がかかったうえ、パロマサービスショップが勝手にやったこととして、当初、社長は謝罪しなかった。また、当時の旧通商産業省は、把握しながら、周知しなかった。

ヒ素「As」では、森永乳業のMF印ドライミルクによる森永ヒ素ミルク事件を取り上げている。森永乳業徳島工場が、協和産業から購入した「工業用第二リン酸ソーダ」を安定剤と使用したために起きた。工業用は食品用に比べて格安であった。旧厚生省の依頼による西沢委員会が被害児全員が治癒したと判定し、問題がなかったように思われた。

しかし、1967年、岡山県の医療機関が被害児の集団検診を行ったことから、多様な後遺症があることがわかった。不買運動や訴訟などを経て、森永乳業と旧厚生省は全面的に責任を認めた。なお、ヒ素はヒジキを含むホンダワラ科の海藻に含まれるので、毎日たくさん食べることは避けたほうがよいことにも触れている。

カドミウム「Cd」では、富山県神通川のイタイイタイ病を取り上げている。地元の開業医・萩野昇が三井金属鉱業の排水による鉱毒説を考えた。三井金属鉱業はあらゆる加害を否定したが、1967年、旧厚生省はカドニウムが原因であることを認め、1968年5月8日、イタイイタイ病が日本で初めて公害病と認定された。さらに1972年に原告勝訴で、公害防止協定が結ばれた。

しかし、文藝春秋1975年2月号に、児玉隆也がビタミンD欠乏説を掲載し、日本鉱業協会はこれを無償で大量配布した。さらに、WHOを舞台にした巻き返しも試みられた。そのことを富山テレビが取り上げて、第7回FNSドキュメンタリー大賞を受賞している。専門家が患者の立場に立たないで、政府や企業の手先となった。

水銀「Hg」では、水俣病を取り上げている。国際的な水俣条約は、健康被害や環境汚染の防止を目的とする条約である。「公害の原点」と呼ばれる。しかし、チッソ水俣工場の工場排水が原因となるまで時間がかかった。

1965年5月1日が水俣病の公式確認の日とされるが、国がチッソの工場排水の有機水銀が原因と断定したのは、1968年である。チッソは、自ら工場排水の有機水銀が原因であったことを前から知っていた。チッソ水俣工場附属病院の細川院長による猫実験である。

しかし、工場排水を流し続け、金をまわしてこれ以上問題にしない契約を患者と結んで、フタをしようとした。また、へその緒を通じて母体からメチル水銀が胎児に送られ、胎児性水俣病になる赤ちゃんが生れた。

比較的低濃度ではあるが、魚介類には自然環境中にあるメチル水銀が蓄積され、特にマグロ類、サメ類、深海魚類、クジラ類は高いので、これらの摂取は週2回以内を勧めている。サンマ、イワシ、イカなどは低いようである。

窒素「N」では、地球環境問題となっている海の窒素汚染を取り上げている。海に流れ込んだ窒素やリンを含む汚染水により、植物プランクトンが大量発生し、赤潮が起きる。赤潮が起きると、大量の植物プランクトンの死骸の分解過程で大量の酸素が消費され、青潮が起こる。

赤潮は、プランクトン「カレア・セリフォルミス」の毒素などで魚介類が死ぬ。青潮は、水中の酸素がなくなるので、魚介類が死ぬ。また、湖沼では、有毒アオコのミクロシスチンによる中毒で被害が発生している。

アンモニア合成による窒素肥料の大量消費により、窒素酸化物が増えたことが原因である。食料生産には大きく寄与する半面、海域・湖沼の富栄養化を引き起こし、オゾン層破壊の原因の一つとなっている。過剰に蓄積された窒素が人間や生物多様性に重大な影響与えるおそれがあり、地球環境問題を考えるうえで避けて通れない。

ウラン「U」、プルトニウム「Pu」では核戦争を取り上げる。オーストリア生まれの若いユダヤ人女性科学者リーゼ・マイトナーが、核分裂の現象を解明した。ノーベル賞から外されるという残念な結果となる。しかし、彼女はマンハッタン計画への参加を固辞し、ノーベル賞以上の名誉を与えられた。原子番号109番の元素「マイトネリウム」は、彼女の名から命名されている。

元素について、わかりやすく、かつ、ていねいに記述されており、化学に縁遠い者でも気楽に読める良い読み物と思う。また、企業が起こした過去の公害等の問題は、最近忘れられているように思われる。利益優先に走って、安全をおろそかにする怖さを肝に銘ずるべきと思う。そのことに警鐘を鳴らしている。



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