一番モテる職業は整体師かもしれない

モテる職業と言えばバンドマン、バーテンダー、美容師なんて言われている。しかし世間は本当にモテる職業を見落としてるのではないか。

それは整体師だ。


最近整体に行き始めた。長年悩みだった肩こりを改善するためだ。職業柄ずっとデスクに座りパソコンと向かい合っているので自然と肩が凝る。なかなか行く勇気が出ずにほったらかしにしていた。一人で行けるご飯屋はチェーン店くらいの僕にとって、行ったことのない病院に行くことは、一見さんお断りの料亭に飛び込みで行くくらいの勇気が必要だ。整体院を病院と呼んでいいかはわからないが、それにしてもそれぞれの病院によって独自のルールがある感じはなんなのか。常連だけがカウンターを陣取って、そのうちの一人が「大将お客さんきたよ!」と言っている飲食店くらい一挙手一投足を見られている感じがして苦手である。

ましてや整体は病院に行くという判断が難しい。この程度の体の不調で来たんですかと思われてしまえばおしまいだ。その点ご飯屋は、この程度のお腹の空き具合で来たんですかと確認されることがない分まだ楽かもしれない。


そんなことを考えながら、治療の予約をしてみた。不安に震えながら扉を開いた僕を迎えたのは髭面の強面整体師だった。第一印象は決して明るいとは言えない。正直ビビっていた。しかしここは治療を行う場所。これくらいのトーンの人のほうが自分の体を任せるには信頼できる気がすると自分に言い聞かす。ただこっちは初めてきた場所に初めて話す人にドキドキの状態である。もう少し優しくてもいいのにとは思った。しかし今思えばこれはもしかすると『吊り橋理論』を使っていたのかもしれない。整体師のモテテクはすでに始まっていたのだ。


まずはカーテンで仕切られた簡易的なベッドに案内された。荷物を置いてコートを脱いで、うつ伏せになって待っていてくださいと指示された。そう言いながら整体師はカーテンをちゃんと閉めてその場から離れる。院内には整体師と僕だけだ。男同士でコートを脱ぐくらいで見られて困ることは何もない。全裸になっても問題ないくらいなのにこの気遣いだ。これはモテる。

しばらくうつ伏せで待っていると治療が始まった。まずは現在の僕の体の状態を見ていく。服越しに骨をなぞっていくことで骨の歪みがわかっていくようだ。そして時折筋肉を揉んで凝り具合を確認して、口を開く。

「よくこの状態で我慢していましたね。これはつらいでしょう。」

そうなんです!!!わかってくれますか!!!そう大声で叫びたくなるのを我慢して簡単にそうですねと答える。この時点で僕の心は完全に掴まれた。マッサージを受けたときに凝ってますね〜と言われて嬉しいこの感じはなんなのか。なぜか誇らしい気持ちになる。これは僕だけじゃないはずだ。

おそらく根本的には寝てない自慢をする人の心理と同じ気がする。こんなに自分は大変なんだぞということをまわりにわかってほしいのだ。寝てない自慢はまわりに言われるのが待ちきれなくて自分で言ってしまうが、整体師の場合は向こうから大変ですねと言ってくれている状態だ。そりゃ嬉しくなってしまう。僕のこのつらさをわかってくれるのはあなただけですよとなってしまう。誰だって会社から帰ってきたら、「今日もよく頑張ったね。よしよし。」と言われながら頭をなでられたいはずだ。そんなことを考えている僕の肩を整体師はなでてくれた。ちょっと場所は違うが完全に心を許した。


そこからは完全に整体師のペースだ。体をほぐしながらいろいろなことを聞かれていく。

「学生時代は運動部に所属してました?いい筋肉してますね。」

僕は野球部に所属していた。しかしここ数年はほぼ運動できていないので、筋肉はたるんでいるものだと思っていた。それなのに整体師は筋肉のことを褒めてくれる。人は自分が認識していないことを褒められると、自分の新たな一面を知ることができ、その喜びを与えてくれた人に対して好意を寄せるようになる。これは心理学の『ジョハリの窓』という概念を利用したと考えられる。

「野球部だったんですね。僕も高校まで野球やってたんですよ。」

僕の返答に対して整体師は乗ってくる。自分との共通点を見つけてより会話を広げてくれる。そうするとこちらとしてもどんどん話しやすくなってくる。人は自分との共通点が多いものに好感を持ちやすくなる。今思えばこれは『類似性の法則』を使われていたかもしれない。

「ご自宅はこのへんなんですか?あ、近いですね〜。」

先ほどの質問の流れからさらに細かく整体師は聞いてくる。お互いの住んでいる場所が近いということをアピールしているのではないかと勘ぐってしまう。なぜなら人は物理的な距離が近いほど心理的な距離が近くなるからだ。これは『ボッサードの法則』を利用したものだ。つまりこのとき家が近いということと、最寄駅が同じということで『ボッサードの法則』と『類似性の法則』を同時に使ってきていたのだ。もう僕はこの高度な恋愛テクニックにたじたじになっていた。

「うわーここも凝ってますね。ゆっくりほぐしていきましょう。」

それに気づいてかわからないが、整体師は一気に攻めてくる。整体という名のボディタッチの嵐だ。これがまさに整体師のモテのテクニックの十八番だ。ボディタッチは親密度がある程度ないと逆効果だが、整体師という立場を使えばいやらしさがでない。パーソナルスペースの中にどんどん入ってくることで、親密であるように勘違いさせることができるのだ。

このときになってようやく、最初の無愛想な感じも恋愛心理学を利用していたことに気づくことができた。あえて最初の印象を悪くして、後々印象を良くすることでギャップを生み出していたのだ。そのほうが最初から良い印象を残すよりも強い印象を生み出せる。これは『ゲインロス効果』を使っていたのだ。

「これから一週間に一度くらいの頻度で来てもらえますか?」

治療が終わった僕に整体師は質問する。完全に筋肉よりも心をほぐされている僕に選択肢はない。通います!!

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