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実家から東京に戻るときには『木綿のハンカチーフ』を聞いてほしい

僕は四国の香川県出身である。大学のときから東京に出てきて今年で9年経つが、毎年必ず年末年始には地元に帰省している。

田舎というものは最寄駅までは車で行くのが当たり前で、僕の実家も例に漏れず最寄駅までは車で15分ほどかかる。この15分というのが中途半端で、いっそのこと1時間くらいかかる山奥とかのほうが個性があっていいなと思うこともある。東京と比べたら間違いなく田舎なのだが、香川県内の中だとわりと栄えてる、みたいな微妙な場所だ。

それでも間違いなく最寄駅までは車移動が必須であり、大体は母親が車で連れて行ってくれる。つまりは母親と15分間は2人っきりで過ごすことになる。別に母親と不仲というわけでもないし、お互いに物静かというタイプでもないので話すことはあるのだが、車内に音楽が欲しくなる。

大概は僕がそのときはまっている曲をかけるのだが、ジャンルは7,80年代限定だ。母親の影響でもともとけっこう好きだということもあるが、運転している人もわかる曲をかけたいという気持ちが強い。運転しながら母親が口ずさんだり、当時の振り付けを軽く真似したりするとよしと思う。これがDJの始まりかと考える。そんなことをやっていると15分なんてあっという間で、聞ける曲は多くて4曲程度だ。その4曲のトリに僕は必ず『木綿のハンカチーフ』を選ぶ。僕の帰省終わり歌合戦のトリは9年連続で太田裕美ということになる。


この曲は田舎から都会に出て行った彼氏と田舎で彼氏を待つ彼女のかけあいの歌である。基本的には彼氏がクソで、徐々に彼女と田舎のことを忘れていき都会に染まっていく流れになっている。

恋人よ ぼくは旅立つ 東へと 向かう列車ではなやいだ街で 君への贈り物 探す 探すつもりだ

いいえ あなた 私は欲しいものはないのよ
ただ都会の絵の具に 染まらないで帰って 染まらないで帰って

これが1番の歌詞だ。ここまではなんの問題もない。なんらかの事情があり都会で働かなくてはならなくなった彼氏。それを待つ彼女。美しい話だ。多様性にうるさい時代なので、別にこれが男女逆でも美しいと思うと言っておきたい。
「東へと向かう列車で」とあるので、香川から東京へと向かう僕に当てはまる。自分のことだと思って聞ける。


恋人よ 半年が過ぎ 逢えないが 泣かないでくれ都会で流行りの 指輪を送るよ 君に 君に似合うはずだ

いいえ 星の ダイヤも海に眠る真珠も
きっと あなたのキスほど きらめくはずないもの きらめくはずないもの

そしてこれが2番の歌詞。半年はちょっと早くないか?そんなすぐ泣く?お金稼ぎに行って半年働いたくらいの貯金で指輪を買うなよ。ちゃんと貯めておいてプロポーズのときにもっと高い指輪買え。なんてことを思ったりするが、まだ二人はお互いを思いやっている。セーフだ。問題ない。
まあでも都会で流行ってるものをドヤ顔して実家に見せたい気持ちはわかる。なんなら僕もiPad持って帰って、リビングでいじってる。「最近のパソコンは薄いんやな〜」なんて言われたら、待ってましたと言わんばかりに「これiPadやから」なんて言いながらキーボードとiPadを分離させる。ちょっと彼氏の気持ちもわかる。自分と似ている。


恋人よ いまも素顔で くち紅も つけないままか見間違うような スーツ着たぼくの 写真 写真を見てくれ

いいえ 草に ねころぶ あなたが好きだったの
でも木枯らしのビル街 からだに気をつけてね からだに気をつけてね

おっと〜?クソ野郎になりつつあるなこれ。「口紅もつけないままか」って彼女を見下してるねこれ。東京でちょっと綺麗な女の人たちを見て、自分の彼女と比べてるなこれ。おそらく4月から東京行って、2番で半年経って夏が過ぎて、3番で木枯らしって言ってるからまだ1年経ってないのに。早い早い!
まあでもスーツ着た変わった自分を見せたい気持ちはわかる。僕は普段スーツ着ないけど。着ないからこそ地元の公務員の友達に「普段も私服?ええな〜」って聞かれたら、待ってましたと言わんばかりに「今着ている感じのまま出勤するよ。意外と私服もだるいよ」なんて言いながら困り顔をする。ちょっと彼氏の気持ちもわかる。自分と似ている。


恋人よ 君を忘れて 変わってく ぼくを許して毎日愉快に 過ごす街角 ぼくは ぼくは帰れない

あなた 最後の わがまま 贈りものをねだるわ
ねえ 涙拭く木綿の ハンカチーフ下さい ハンカチーフ下さい

でた〜〜〜!!!クソ野郎!!!彼女を忘れて愉快に過ごすな!!絶対新しい別の彼女作ってるなこいつ〜〜!!連絡もどうせとってないから、ちゃんと別れ話もしてないぞこいつ〜〜!!
まあでも遠距離恋愛は難しいもんな〜。それに関してはわかる。彼女もおそらく大人しいタイプだからあんまり自分から強めに連絡とってくるタイプじゃないんだろうな〜。そうなると忘れていくかもな〜。彼氏の気持ちも…

わからない!!!

別に見送ってくれる彼女が地元にもいない!!東京にいる今も長らく彼女がいない!!愉快に街角で過ごせてない!!!

一般的に見れば彼氏がクソって言われるから肩持とうかなって思ったけど、やっぱり無理!!理解できない!自分と似てない!俺は絶対お前みたいに地元を忘れないぞ!!!

こういう一連の流れを毎回考えつつ、最寄駅に着く。そこで母親に別れを告げる。母親は「そろそろあんたも早めに結婚相手探さないかんで。ほんじゃ仕事頑張って」と言いながら手を振る。

木綿のハンカチーフが欲しいのは僕だ。




※歌詞引用   作詞:松本隆 氏

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