幸せは歩いてこない だから〇〇て ゆくんだね
タイトルは、「三百六十五歩のマーチ」の冒頭の歌詞です。
たしかに幸せは、ぼーっと生きているだけでは、向こうからやっては来ない気がします。
だから歩いてゆく・・・
でもどうやって?
この歌が作られたのは、日本が高度経済成長を迎えていた時代で、みんなと同じように「歩いてさえいれば」幸せになれたのかもしれません。
でも今は「歩いてさえいれば幸せになれる」なんて、だれも思っていないですよね。
幸せは歩いてこない。
まして、スマホで検索しても、ChatGPTに問いかけても、幸せにはなれない。
だから歩いてゆく・・・、本当に?
ときには、立ち止まったときに見える幸せもあるのではないでしょうか?
そして、どこへ向かって歩いてゆけば良いのでしょうか?
「承認欲求を満たすことができれば幸せになれる」
なんて考えもありますが、承認欲求は依存性が高く、追い求めてもキリがないので、いつか心を病んでしまうこともあります。
だから、承認欲求をとことん追い求めるのではなく、ほどよく付き合ってゆくのがよいと思っています。
同じように、お金、地位、名誉、恋愛も、追い求めすぎると逆に幸せが遠ざかってゆく気がします。
では、いったい、どこに向かって歩いていけばよいの!?
…そんなことを考えながら、山崎元さんのnote記事を読んでいたら、答えが見つかった気がしました。
以下は、山崎元さんの母が、山崎元さんが42歳の誕生日の際に送った手紙に書かれた「不運に見舞われないための5箇条」です。
日々の生活に根付いていて、なんとも含蓄のある教えではないでしょうか。
この5箇条を守って生きていれば、きっと幸せになれる気がしてきます。
山崎元さんは、今年の1月1日に食道癌で亡くなられました。
私がとても尊敬していた方なので、とてもショックでした。65歳と、まだまだとても若いのに。
山崎元さんが、亡くなる1週間前に投稿したnoteの終わりに、
この記事を読んで、私は涙が出ました。
私の脳内に、上記の言葉が山崎さんの肉声で響いたのです。
上機嫌に生きるために、山崎元さんは、きっと最後までお母様の教えを貫いたのではないでしょうか。
幸せは歩いてこない
だから、背筋を伸ばして大股で歩き、言語意味ともに明瞭に話し、おかしいときは高らかに笑い、美味しそうに食べ、正しく怒ってゆくんだね
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