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鶏白湯メモリー

7月14日水曜、仕事を中断してモデルナのワクチンを接種したビルの地下に『篝(かがり)』の大手町店があった。

銀座の本店は2時間くらい並ぶが、ここは行列が少ない。15分くらいで済みそうだ。篝の鶏白湯(とりぱいたん)を味わうのは弟を案内した5年ぶりか。

銀座店は8年前、東京で初めての友人が教えてくれた。25歳、妊婦さんの身体に良い料理レシピを開発したくて千葉の市川から転居した女性。名前は「奈央」。苗字は忘れた。

彼女とは下北沢のBARで行われた高橋歩のトークイベントで知り合った。週刊プロレスの記者になるため上京した自分を「凄い」と感心してくれ、LINEを交換。ショートカットで眼がキリっとしてスタイルのいい都会風の美人。なぜ彼女から声をかけてくれたのか謎だ。

「ラーメンがいちばん好き」と話すと『篝』を教えてくれた。「東京で一番美味しいよ」と。

ニートだった自分は、すぐに平日の昼にひとり訪ねた。割烹の出身という異色の経歴でらーめん屋を始めた篝は、そのルーツにふさわしく、麺も鶏肉も高貴。何より驚いたのがスープだ。「980円の高級中華」であり、料亭で出てくる和食の一種。なのにラーメン独特の中毒性は失われていない。

「これが本場の実力か!」と、今からこの世界で生きていく悦びに小躍りした。無謀にも、その場で店主に味の秘訣を訊いて断られたのも良い思い出だ。

次に奈央さんに会ったとき、「凄かった」と伝えると、「でしょ?」と表情ひとつ変えない反応。その横顔が、まだ東京を知らない人間との温度差を感じさせた。

その後、自分は登山に取り憑かれ、山で何度も携帯を壊すうちに連絡先が分からなくなった。鶏白湯スープをすするたび、あの涼しげなドヤ顔の記憶が蘇る。

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