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山小屋の憩い『鳳凰小屋』

鳳凰小屋は、オベリスクの巨岩から30分ほど下った山の奥にある。標高2,700メートルに迫り、高所に弱い者(自分がそう)は頭痛と闘うことになる。

レトロな造りで、個室はなく、川の字になって寝る雑魚寝。こやで一番目立つのは談話室のアグネス・ラムの水着ポスターで、暖房器具は掘りコタツ。テレビもない。大晦日はラジオで紅白歌合戦を聴きながら年を越すそうだ。

主人の細田倖一さんは、約60年もの間、小屋の主人を務められる番人。1964年の東京オリンピックや『日本百名山』より前から鳳凰山の登山者を見守ってきたのだから、その歴史に驚かされる。

鳳凰小屋の象徴は夕食のカレー。工夫して毎日、少しずつ味を変えている山グルメは、その美味で登山客を出迎える。宿泊した5月2日は20代の若い客が多く、少しスパイシーに味付け。これがクセになり、おかわり自由をいいことに3杯も平らげた。翌日早朝の登山がなければ、あと2杯は食べていただろう。

ヒマラヤで食べるダルバート(ひよこ豆のカレー・ネパール人の家庭料理)、谷川岳の『諏訪峡』のダムカレー、岳人にとってのソウルフードはカレーで間違いない。いずれ登山とカレーの歴史は研究する必要がある。

17時半の早いディナーを終えると、現在の小屋を取り仕切るアオトさんと歓談。年齢は30前後、伯耆大山で有名な鳥取出身だ。

まだ登山歴は5年で、始めたきっかけはマンガ『岳』。今では1年の半分を鳳凰小屋で過ごし、残りはアルバイトを探すか、海外登山に出かけると言う。

半年も山小屋で暮らす苦労は察するに余りある。風呂や水洗トイレもない不便な生活に加え、高所の小屋は寒さとの闘いだ。

この日も、閉ざされた雪の洗い場で、夕食の食器を洗う。凍傷にならないものかと心配するが、女性スタッフからは「早く雪が溶けて欲しい〜」と本音が出る。雪山を求めて来る自分が、なんだか申し訳なくなる。

しかし、何より辛いのがシーズンである夏に山登りができないことだ。繁忙期は小屋に缶詰になるため、自分の登山ができない。これは山好きにとって、何より残酷なこと。それでも小屋で働くことに、山で生きることの深さが迫ってくる。

アオトさんとの会話でうれしい発見があったのが、南米最高峰(6960m)のアコンカグア。

アオトさんは2018年に登頂されている。エヴェレストより登頂率が低いと言われる難峰にも関わらず、登山歴5年でサミッターになっていることは驚異的であり、ご自身も言われているように、かなりの強運の落ち主。山を愛し、山に愛されているのだろう。

このアコンカグア、南米ということでゴツゴツした岩肌やロッククライミングをイメージしていたが、実際は登山の技術は必要ないらしい。必要なのは重荷を背負って歩く体力と、高所順応。そして、なにより登頂の大部分を左右する天候の運。

海外登山であることから1ヶ月ほどの遠征を想像していたが、アオトさんによると、日本を発ってから2週間の行程で済む。

これなら生涯に一度だけチャレンジしてみたいと思った。アコンカグアはアルゼンチンにあり、チェ・ゲバラの故郷だ。国そのものも訪れてみたい。もしかすると将来、この小屋での短い一夜の歓談が、クライマー人生を変えてくれるかもしれない。そんな令和元年10連休の山小屋の憩いだった。


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