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バグマティリバー

栗城史多さんほど、その死が複雑なクライマーはいない。

亡くなってからも批判の書籍が何冊も出版され、SNSの誹謗中傷がバズり、ネットの掲示板には毎日のように悪口が書き込まれる。

批判は栗城さんの登山スタイルに対するものだが、誰も栗城さんのヒマラヤ登山を自分の眼で見ていない。動画かネットの情報か、同行したシェルパから又聞きしたもの。

栗城さんの友人である西野亮廣さんが作った『えんとつ町のプペル』には「誰か見たのかよ!」というセリフがあるが、栗城さんが挑み続けた「否定の壁」は4年前よりも高く厚く聳えている。

2016年にチベット側のエヴェレスト北壁へのアタックを眼の前で見てた自分は、栗城さんへの批判に耳を貸さない。貸そうにも貸せない。

映画『バグマティリバー』は栗城さんの最期の遠征に同行された松本優作監督、岸建太朗カメラマンの共同脚本。

エヴェレストで遭難した登山家の兄を捜しに、妹がネパールのルクラを訪れるストーリー。栗城さんの友人で、俳優休止中の小橋 賢児さんが栗城さんを演じている。

8月27日から新宿K'sシネマで1週間の限定上映され、初日を含め3回観に行った。

妹・吉田那月が松本さん、岸さんであることは言うだけ野暮だが、この作品はあらゆる引き算で構成されている。

栗城さんの登山の描写はなし。セリフはたったひとつ。登場はラストの数十秒のみ。

”描かない”という姿勢に、松本さん、岸さんの栗城さんへの想い、関係性が凝縮されている。描かなかったからこそ、そこに栗城さんがいた。

これ以上なにも足せない、なにも引けない。栗城さん、松本さん、岸さんのトライアングルには誰も触れられない。

魂は編集できない。これが映画。映画は魂を運ぶ大河であり、その魂は観客のなかで輪廻する。松本さん、岸さんからはクリエイターとして大切なものを見せてもらった。

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