親魏倭王、本を語る 特別編その02
アレクサンドル・デュマ(父)の代表作『三銃士』は、ガスコン男児ダルタニャンを主人公とする大河小説で、『三銃士』として広く流布しているのはそのいわばプロローグに当たる部分だという。昔、全巻の翻訳が出ていたようだが、今は見当たらない。 この「ダルタニャン物語」とでも言うべきシリーズの掉尾を飾るのが『仮面の男』で、角川文庫から邦訳が出ているが、抄訳らしい。
これはルイ14世の時代、バスティーユ牢獄に顔を隠して収監されていた、いわゆる「鉄仮面」の物語で、作中ではルイ14世の双子の弟となっているが、これはどうもデュマの創作らしい。鉄仮面の正体については諸説あるが、ルイ14世の兄弟(異母兄弟)とする説が多いようだ。
物語はダルタニャンの晩年の話で、ダルタニャンは出世してフランス軍のトップに立ち、三銃士達もまたそれぞれの道を歩んでいた。そんな中、枢機卿に昇っていたアラミスは、ルイ14世と、不遇な境遇に置かれている彼の双子の弟のフィリップをすり替えようと画策する。陰謀はいったん成功したが、すぐに発覚し、アラミスは追われる身となる。彼を追うように命じられたのはダルタニャン。かつての友は敵としてまみえることになってしまう。
ダルタニャンものは現在、プロローグの『三銃士』とエピローグの『仮面の男』しか入手できないので、この2作だけしか読んでいないが、実は『三銃士』より『仮面の男』のほうが好きである。
デュマの父親は軍人で、数多くの武勲を挙げ、階級は陸軍中将に昇ったが、母が黒人奴隷であったこともあってか、人種差別が大っぴらに行われたナポレオン政権下では不遇であった。ただ、これは本人の軍隊の規律になじまない自由闊達な性格も災いしたものと思われる。
実は、ダルタニャンの人物像は、大部分をこの父のキャラクターに依っているのではないかと考えたことがある。
ちなみに『三銃士』の主人公ダルタニャンは実在した人物で、佐藤賢一氏が評伝を書かれている。『三銃士』はおおよそ彼の生涯を辿っているが、大部分はデュマの創作のようだ。ただ、小説の主人公になれるほど波乱万丈の人生だったのは間違いないらしい。
デュマの『仮面の男』の陰に隠れがちだが、鉄仮面を題材にした小説に、フォルチュネ・デュ・ボアゴベの『鉄仮面』がある。 ボアゴベはデュマや長編推理小説の祖とされるエミール・ガボリオと同時期に活躍したが、娯楽小説を専門に書いていたためか、忘れられて久しい。