第68回: 選択肢のアリやナシや (Apr.2021)
第二波襲来中のインド。二重・三重の変異株が報告され、「ワクチン外交」が一転、輸出凍結。加えてロシア製剤の導入・国産化も表明され、数週間の内に一気に180度以上の政策を転換を果たした。45歳以上が対象とされていたワクチン接種も今週から18歳以上に拡大、“Aarogya Setu” のワクチン用タブから登録すれば、近隣の会場が案内され外国人も数百円で受けられる。当地ベンガルールも4月下旬に向けて夜間と週末の外出禁止が発令されたかと思えば、最終週から2週間のロックダウンが宣告された。周囲にも使用人を介して感染疑い濃厚、隔離住戸に指定された、という話が増えてきた。
一日あたりの感染報告数がインド全国で35万人とか、実態は報告の10倍だとか、既に国民の過半数が感染しているとか、もはや現行のワクチンは効かないとか、様々な情報が飛び交ってはいるが、詰まるところ市民としては、1年前からの軟禁生活を続けるしかないから、取り立てて毎日の生活が変わることもない。WhatsAppの各グループから次々と、「明日から2週間ロックダウン確定」との連絡が入り、即座に車を出した。
肉・魚・野菜・果物・卵・牛乳・加工食品・消耗品・雑貨に、世界各国の味・インド各地のカレーも含め、この一年で何でも自宅に居ながらにして取り寄せられるようになった。が、“我が家のライフライン” だけは未だにデリバリーで得られる選択肢が限られる。一報を受けてから10分足らずで “アジア最大の酒屋” に着いたはずが、既に駐車場に入りきらない車が交差点に溢れ、店内も尋常ではない混雑ぶり。この騒ぎはネタになると駆け付けたメディアが何組も、店の前でTVカメラを構えて客の出入りを撮っている。普段はいくら客が行列してても決して全てを開けることはない3台のレジも、フル稼働どころか増設カウンターまで設けて対応しているし、いつも以上の数の店員が見たことのない機敏な動きで空いた棚を補充していく。突然、「コロナ!コロナ!コロナ!」と誰かが大声で叫び、何事かと振り返ったら、メキシコビールを抱えた品出しスタッフだった。
日本でも「インド変異株」が盛んに報じられている様子で各所から見舞いの連絡が入る。当地の日本企業では、インドからの入国が制限される前に駐在員を帰国させようという動きが本格化している模様。数字的にも、周囲から聞こえる話も確かに前回より深刻そうだから、再度の退避帰国も頷ける。日本は日本で何度目かのナンチャラ宣言中のようだし、2週間の隔離が強制されるなら当地の自宅で大人しくしているのと実質的に変わらない気もするが、「安心感」は人それぞれだから、より心の平穏が保てる手段を選ぶべきだろう。
日本人を始めとした「外国人」のみならず、選択肢を持てるインド人の間でも国外退避は活発化している。インド人の出稼ぎ労働者も多く、国内線と変わらない時間で飛べるDubaiは、今週末から10日間の飛行停止措置を前にチケットが高騰しているという。Mumbai線で通常の10倍のRs. 80k、Delhi線で5倍のRs. 50kというが、この水準であれば自身や家族の安全確保の為、出し惜しみしない者も多いはずだ。プライベートジェットも予約が殺到し1日12便のキャパシティに対して80便を上回る問い合わせがあるという。13席でUSD38,000、6席でUSD31,000という価格もビジネスクラスを常用する層からすれば決して高くないし、入国後2週間の隔離措置が免除される特典付きとなれば、それだけでもお得な選択肢と言えそうだ。逆に、格安チケットを探す向きには、NepalやMaldivesといった周辺国経由の選択肢もある。
日本企業がインドの事業機会を考える際、未だ「平均的なインド人像」・「一般的なインド家庭」を探る為の調査から始めることが多い。そこから製品・サービスに求められる仕様を定めて価格や利益率を想定し、「単価×インドにおける対象人口=莫大な市場規模」という方程式をどうしても計算したいらしい。ケタチガイの規模と複雑さを内包する “ミニ・グローバル” のインドを理解するには、人々の現実的な選択肢から考えるのが有効だ。
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