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第75回: 2021年が「インドEV元年」となった社会背景 (Mar.2024)

2023年 (暦年) は150万台を超えたインドEV販売 (登録) 台数、2022年の100万台から5割増し。2021年に30万台超を記録した際、前年2020年が疫病騒動下で冷え込んでいたことを割り引いてもなお明白な市場変化を感じて、「インドEV元年」と名付けたが、以来、市場は順当な成長を続けていることになる。殊に都市封鎖下をベンガルール都心で過ごした生活者としての経験からすれば、初めの数週間こそ混乱はあったものの、この社会の対応力の早さには目を見張るものがあった。その革新を実現させる原動力となったのが、ちょうどその直前に始まったモビリティ事情の変化だった。

既に4G通信網やスマホが一通り普及していた当時、街角で自由に乗り出し・乗り捨てできるパーソナル・モビリティが広がりつつあり、これが同じくインドの街角に溢れているギグ・ワーカー (=何を本職としているか分からない主に男性諸氏?) に稼ぐ為の道具を与え、経済を回す原動力とする好循環を招いた。元来、まとまった金が入れば家族や仲間にパーッと振る舞い、あとは持ちつ持たれつ、ある時払いの催促なし、という世界に生きてきた彼らだから、例え数万円程度でも中古のバイクやスクーターを買えるまで手元に金は残らない。定期収入はないから当然、月賦も組めない、というのが常態。意図せず幸運にも仕事 (=金が入る見込み) が舞い込んだ際、必要な時間・必要な距離だけ、数十円単位で借り出せる移動手段 (=不可欠な仕事道具) が得られる、という環境変化は正しく社会イノベーションそのものだ。片や、突如として日々の買い物を制限され、外出時は見えない敵に怯えて万全の防御が求められる生活を強いられるようになった中、重くても軽くても買い物が玄関まで届き、わざわざ出向かなくても名店の味が自宅でも熱々で堪能でき、ちょっとしたお使いすら代行してくれる、となれば、これに対して100円程度の手数料を喜んで支払う消費者は十二分にいる、ということが証明された。

かつてはガソリンエンジンのスクーターを大量に導入しスマホアプリ経由で消費者に貸し出すプレイヤーも何社か居たが、燃料価格の高騰を背景としたオペレーションコストの安さも併せれば経済優位性は明白。2024年現在、プラットフォーマーとして生き残っているのは電動車を用いたプレイヤーに限られる。併せて「わざわざ店に赴いて棚を覗いたところで欲しいものは在庫切れで揃わない」という消費者にとってのこれまでの買い物の常識は、「アプリで近隣の在庫を探して届けてもらう」という習慣に完全に代わり、これを背景に二輪車のみならず、ラストワンマイルの宅配を担う三輪貨物車 (日本の軽トラ・軽バンのような存在) の電動化も一気に進んだ。以来、各種デリバリーサービスは益々活況、関連スタートアップは絶好調が続いている。

結果、2023年に売れたEV150万台の内、9割超は二輪車と三輪車が占める。正に、庶民のアシからの電動化が進んでいることの現れだが、と言うと自動車大国の日本からは「何だ、やっぱり二輪・三輪の話か。四輪はまだまだの市場じゃないか」という反応が聞こえてきそうだ。が、そこで見誤ってはいけないのが桁違いのインド。電動車市場の6%に過ぎない四輪車だが、台数にすれば9万1千台。同期間に日本で売れた電動四輪車 (軽自動車を含む) は8万8千台というから、既に日本市場を抜いた。今までの成長トレンドを追う限り、今後この差は広がる一方、少なくとも数年内に日本が抜き返すとは想定しづらい。

世界的には若干の逆風に晒されるEV業界だから、2024年はインドも余波を受けるかもしれない。併せて総選挙に伴い振興策に端境期に嵌り市場が伸びない可能性もある。だが、電池系スタートアップ (?) を率いる身からすれば、昨今の逆風は技術的には解決済みの話ばかりだし、EVが生きる用途・用法も明確だ。今後の方策は稿を改めて述べたい。

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