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第71回: 日本の作法・インドの作法 (Jan.2022)

 自宅から一時間強のワイナリーにレストランが出来たと聞き、クリスマスに尋ねてみた。自然たっぷりの広い敷地にオープンエアでセンスの良い内装・什器、好みを伝えてアラカルトで注文する限りは食事も十分に美味しい。今のところは4部屋が完成済みというが、宿泊施設やプールも順次増設している様子だから、経過観察も兼ねて何度か通わねばなるまい。葡萄畑に至る散歩コースは、手入れの行き届いた芝生の広場から始まり、蓮の花が咲く池に掛けられた橋を渡り、観賞用か食材用か鶏や七面鳥や兎が放し飼いにされるふれあい動物園を巡る。葡萄棚の下で弁当を分け合う労働者や当地らしい風袋の案山子や、飼育しているのか迷い込んだのか分からない牛や犬や猫などが、何とも長閑な雰囲気を醸し出している。

 以前、別のワイナリーを訪れた際、葡萄と椰子が同時に見られるのは世界的にも珍しい植生と聞いた気がするが、思い出して見渡すと枇杷とユーカリとパパイヤも隣り合っている。多くの日系企業が立ち並ぶ工業団地からも15分程度だから、仕事帰りや研修の名目で立ち寄っても良さそうだ。2021年後半は例年にない長雨と低温が続く時期もあったが、この高原に優秀な人材が集まり新たな事業が興るのは、恵まれた天候と豊かな自然に因るところもあろう。都心には新しいコンセプトのブルワリーやレストランがどんどん出来ているし、ゴルフ場併設のリゾートやコンドミニアムもよく案内を受ける。創造には心の開放が有用だ。

 世界の常識が変わって丸2年、その間ちょうど時を同じくして、大阪企業にインドを紹介する活動を続けている。不用意に動いて強制隔離の憂き目に合うのも癪だから、両国間どころかインド国内で州を跨ぐ行き来すらも控えて、ほぼ完全にベンガルールの自宅からのリモートワーク。何度か通学再開が期待された時期もあったが、結局のところ学校もオンライン授業が続いているから、必然的に家族全員が常時、家の中で過ごしていた。それでも特に喧嘩もストレスもなく過ごせたのは、いつでも青空や緑が目に入り、それぞれが自由に世界と繋がって心や脳が制約されない環境があったからかもしれない。

 当地で出会う事業家も学生も、今や当然、常にスマホが傍らにある。会話の中で知らないことや疑問に思うことがあれば、即座に検索したり詳しそうな知り合いに聞いたり、というのが日常の振る舞い。紹介の紹介で新たな誰かと繋がれば、今日か明日か遅くとも翌週には、何から一緒に始めようか、となる。時に会ってみて期待と違ったり、都合が合わない内に忘れたり、という結果にも至るが、互いの共通項を探って共に動いてみるのが常道だ。

 翻って、何事においても “道を教わる” のを基本に育てられる日本人。武器の使い方や敵の倒し方、文字の書き方や茶の飲み方、ひいては花の愛で方や香りの嗅ぎ方までが “道” になっている。先人が踏み固めた道がある故に日本の基礎教育が優秀なのは間違いないが、敷かれた道を辿ってみるのを手始めに守・破・離と新たな道を拓くのがその先に来るべき活動のはず。高等教育も企業研修も “守” を重視して道を外れることを極度に嫌うから、知らないことに直面した際、思考停止に陥って何の反応もできない悪い癖がついている。

 特にインドとの接点においては、この悪い癖が顕著に表れる。日本人がよく知る “道” には収まらず、毎分毎秒、目前に現れるのは何の脈略もない新たな事象ばかりだから、毎回、初対面の相手と即興劇を演じる必要がある。「海外進出」という件で括られると、中国・ASEANで通訳付き上げ膳据え膳の日本流おもてなしを受けてきた者ほど、唐突な場面が連続する当地に戸惑う様子。“何でインドは違うのか” と文句を言う者まで出てくるから余計に始末が悪い。現に日本の行政案件ですら中国・ASEANと共通の要求仕様で同じ活動・同じ成果を求められているから、まだまだ “インドの基礎理解” が足りていない。

 正解はない計画通りにいかないVUCAの世の中、“インドで道を尋ねる” 研修でも始めてみようか。2022年・令和四年が “印道” 元年となることを願って。

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